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剣戟rock'n'roll  作者: 久保田
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十三話 「ただの人間」 上下

 自分の魂が自分の身体を動かしている、という確信はない。

 馬の手綱を取っているからといって、馬そのものを操っているわけではないだろう。

 馬だって心底やりたくない事はしない。

 同じように明らかな危険があるなら、人の身体は萎縮し動きが鈍る。

 しかし、明らかな危険へと、前へと歩を進める自分の身体を、呆れたように私の魂が見やる。

 崖に向かって全力疾走している気分だ。

 確かな死がそこにある。


「おっ?」


 目を丸くする魔王を前にして、会心の一振りだ、と素直に思えた。

 滑らかに円を描くチィルダの切っ先は、真っ直ぐに魔王の細い首筋へと向かう。

 一呼吸の半分の半分の半分の半分にも満たない時間の中、銀の刃が魔王の柔らかな皮膚を、


「な」


 斬り裂けなかった。

 手にはしっかりと当たった感触があり、それは重い物ではなく、人の柔らかさと変わりはない。

 しかし、血が流れているのか不安になってしまうほど白い肌に、チィルダの刃が受け止められている。


「おいおい、なんだこりゃあ。 全然これっぽっちも見えなかっ」


 何事かを囀ろうとする魔王に何かを言わせたくなくて、私は顎を撃つ一撃を送り込むが、結果は同じだ。


「落ち着けよ、かっけーお嬢ちゃん。 俺様はさ」


 落ち着いてられるか、という想いは言葉にしない。

 ここに至って私の魂と身体は再び一つになり、一つの答えを出し、魔王の言葉を遮る。


「魔王がどうとか知った事か」


 興味の色が浮かぶ目と、笑いを湛える口元、喜楽はあるが敵意は魔王のどこを探しても見つからない。

 刀を抜いた剣士を前に、余裕しゃくしゃくの体を見せるこいつが気に食わない、という結論。


「お前は私が斬る」


 世界の危機とやらには興味はないが、舐められるのは大嫌いだ。

 敵としても見られない剣士に何の意味があるのか。

 こいつは、私の存在の全てを否定した。


「はっ」


 私の言葉を鼻で笑った魔王は嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。


「いいぜ、踊ろうか、お嬢ちゃん」


 余裕をかましている魔王の顔面に、白刃を叩きこむ。

 斬れはせず、痛がる素振りすらない。


「こういう時、少しくらい話してもいいんじゃねーの?」


「お前と話す事はない」


「嫌われたもんだな、おい」


 一言が終わるまでに七度は叩いたが、その全てに意味がなく。


「まぁいいや」


 そう呟いた魔王は玩具を与えられた子供のように、弾んだ声を上げた。


「あっさり終わるなよ?」


 魔王が拳を握れば、空間が軋みを上げる。

 肘を引けば、それだけで風が巻き起こった。


「冗談じゃない……」


 死の気配はどこまでも強く、どこまでも濃くなり、鳥や獣はそれだけで泡を吐く。

 全てに等しく死を与える一撃は、私の乏しい言葉の中からでは例えられもしない。

 張り詰めた、というだけでは足りない凍り付いた空気は魔王という名に相応しく思える。

 撃ち出される拳は装飾過多なほど、全てを飲み込むであろう黒い渦を纏い、触れる全てを砕く。

 そんな物がなくとも、私の華奢な身体は、その速度だけでもかすれば木っ端みじんになるのは間違いない。

 しかし、


「当たるか、そんな物!」


 大きな構えから撃ち出され、殺意を隠そうともしない絶対的な致死の一撃は、どれだけ速かろうが避けられる一撃だ。

 魔王の拳をかいくぐった私は肘の内側を斬りつけながら、口付けすら贈れそうな距離を得る。

 チィルダを手放すと、振った勢いで真上にすっ飛んで行く。

 無手になった私は必殺の一撃を放ち、身体が流されている魔王の腕に手を当てた。

 反射的に私の手を振り払おうとする魔王の力を感じ、そっと方向を整えてやれば、魔王は顔面から地に激突。

 激しい土煙が舞い起こり、石畳に口付けした魔王の無防備な後頭部が、私の眼前に姿を現した。


「……ふっ!」


 息を整え、呼気と共に首筋を狙い、全体重を乗せての踏みつけ。

 大人の首くらいなら簡単に折れるだろうが案の定、折れる気配はない。

 落ちてきたチィルダを視線を送る事もなく取り、そのまま体重をかけて、魔王の背に突き立てる。


「くそっ……!」


 ここまでやって返ってきた手応えは肉を突き破る感触ではなく、チィルダの刀身が歪む感触だった。

 まだ折れはしないが、もう一度やったら確実に折れるだろう。


「すまん、チィルダ」


 だが最も力の籠もる体勢から、最も無防備な部分への一撃は私の出来る最大の攻撃だ。

 これが通らないなら結局、私とチィルダに先はない。

 先ほどより大きく身体を逸らすと、


「やべえな、かっけーお嬢ちゃん」


「ちっ」


 勢いよく身体を起こした魔王に跳ね飛ばされる。

 百人の屈強な男に投げ飛ばされたのか、と思うほどに私の身体は勢いよく舞い上がり、二階建ての建物の屋根が視界に入った。

 空中で身を回し、勢いを殺し何とか自分の足で地面を噛む。


「踊りを誘った方が転ばされてちゃ、こりゃ格好つかねえ」


「女が踊りたい気分かどうかもわからないなら、横っ面を張られる事もあるさ」


「ははっ、違いねえな」


 魔王は平然と立ち上がり、親しい友人に向けるような笑顔を浮かべた。


「だったらよ」


 一つ、二つ、三つ、四つ……魔王の身体の周りに、人魂のような炎が数えるのが億劫になるほど生まれていく。

 赤から青に、青から白に、跳ね飛ばされて距離が空いた私の皮膚まで伝わってくるような熱量。


「あんたが踊って魅せてくれよ」


「いいだろう」


 距離はまっすぐ向かって七歩。

 絶望すら感じるが、それでも身体は前に進み、魂も奴を斬れと囁く。


「お代は貴様の首で構わん」


「そいつは怖い」


 魔王の目は言っている。


『そんな事が出来るとは思ってねえだろうに』


 私もそんな事が出来るとは、全く思えない。

 人の身と魔王との差は、一体どれだけある物か。

 絶対的な、一匹の蟻がオークに立ち向かうよりも高い壁がある。

 如何なる力も技も無意味にすら思えてくる差だ。


「だけど、ここで引けば」


 私は私で無くなってしまう。

 それは死のうが生きようが、私には出来ない事だ。


「面白れえな、かっけーお嬢ちゃん」


 出来たら生き延びろよ、と付け加えてきた魔王の横っ面を殴り倒すため、私は前に出た。

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