十一話 How much is the price of the life? 上下
前の生で死病に犯された私が、布団の上で考えていたのはたった一つだった。
「このまま死にたくない」
死にたいと別段思っていたわけではないが、死ぬのが怖かったわけではない。
私がこれまでどれほどの人を斬ってきたのか。
好人物もいた、悪としか言い切れない者もいた、よくわからない者もいた、女子供だけは斬らなかった事だけは私の前の生で唯一、マシな事だろう。
そんな私が死を恐れるなど烏滸がましいにもほどがあるし事実、私はやはり心のどこかが欠けた不具者であるらしく、自分の生き死ににはあまり興味が薄かった。
「このまま死にたくない」
ただ身を焦がすような死闘の中で死にたい。
今にも崩れてきそうな小屋の中で、いつの間にか死んでいるような終わり方だけは真っ平ごめんだ。
そして、そんな事ばかりを考えていたら、いつの間にか私は山道に立っていた。
そこは世話になっていた村への唯一の道で、目の前には百ばかりの山賊の群れ。
「つまらん話ではあるが」
恐らく私のようなロクでなしと山賊共をぶつけ合わせ、世のゴミを少しばかり減らしておこうという魂胆だろう。
御仏の導きとでも思っておこうか。
「最低よりは、マシか」
座して死ぬよりは、悪くない。
「そして、私は私のままだ」
この身になってからの口付けは始めてだな、とふと思った。
柔らかな唇と、上気した頬が愛らしい。
まだ女に成りきってはいない少女に、こんな真似をするのは僅かばかり心苦しいが、その罪悪感は我が身を甘く焦がす。
罪悪感があろうと、それを自らを燃え上がらせる種火に使うだけの自分がどうにも煩わしいが、それがまた堕落の心地よさを生み出し、より一層の救いようの無い気分にさせられる。
身体の芯から零れ落ちる、どろりとした何かが快感未満を作り上げ、炙られるようにとろけ出す。
「これで私は、死ねる」
「そんな……ソフィア様、どうかご無事でお帰りください。 マナはソフィア様がいなければ、もう……!」
私の胸にすがりつく少女の肩を抱き、優しく引き剥がした。
少女の小さな背中が、家の壁に当たる。
吹く風には家々の夕飯の香りが混ざっているが、少女は自分の作り出した空気に溺れて気付いていないだろう。
「私はお前を守ろう」
「ソフィア様……!」
二度目の口付けは触れるだけで済ませる。
だが、それがまた少女の魂を焼くのか、熱にうなされた女の顔を作り上げた。
「度し難いな、私は」
口の中で作った言葉は、私の耳に届くだけ。
だが、これで捨てられる。
「行ってくる」
決死でもなく、必死でもなく、自らを虚ろとし、ただ剣を振るうのに命は必要ない。
命があれば死ぬのが怖い、命が無ければ死ぬのを恐れる理由がなくなり、命を捨てる理由があれば、私は私の命を捨てられる。
そのために少女を弄ぶなど許されるはずもないが、許されたいと思う思考すら薄れた。
私は愁嘆に浸る少女に背を向け、
「あー!?」
こちらを指差す勇者が現れた。
いきなりの乱入者に少女は、逃げ出すが追うのも無粋ではある。。
「……おい、貴様」
「なんで俺はちっちゃな女の子と覚醒フラグ立てて、ソフィアさんは可愛い女の子と……!? 俺の恋愛フラグはどこだ!?」
何を言ってるのか、さっぱりわからん。
が、しかし、
「やかましい」
「ぐはっ!?」
とりあえず一発殴っておこう。
一応は手加減をして、反吐をぶちまけるくらいで済ませてやる。
「なんだ貴様は。 覚醒ふらぐとやらはないぞ」
「い、いやいや……絶対、ありますってば」
腹を押さえ、うずくまりながらも勇者は都合のいい事を言い始めた。
「言葉から推測すると覚醒ふらぐとやらは、都合よく戦っている最中に真の力が目覚めたりするんだろう?」
「……はい」
「ないわ、そんなもん」
「やっぱりないですかねー」
「少なくとも私は見た事がないな。 自分が勇者だから、などとまだ調子に乗っているのか」
なら、ここで死んだ方がマシだろう。
ここで私に斬られるのも、誰かに殺されるのも死ぬのに変わらん。
まぁそう口に出す必要はなさそうだが。
「いや、勇者とかそういうもんはどうでもいいや、と思いまして」
「ほう」
うずくまっていた勇者は、顔を上げた。
まだ出来上がっていない貧相な肩は小刻みに震え、だが逸らし続けていた視線はしっかりと私を見つめている。
「俺……ああ、いいや、こういう格好付けは。 ……僕はこの村を守りたいと思います」
だから、と言葉を切ると勇者は額を地面に叩きつけた。
見苦しく土下座をする勇者を見ながら、こいつには俺よりも僕の方が自然だな、とすんなりと思える。
「どうか力を貸してください! 僕だけじゃ力が足りないんです」
「ふん、嫌だ」
「即答!? あー……ならナイフ貸してもらえるだけでも」
「それよりさっさと立て」
「は、はい……」
立ち上がりはしたが肩を落とした姿を見ていると、猫が鼠をいたぶるような嗜虐心が湧き上がってきた。
「私が貴様を手伝わなければならない理由はなんだ? 貴様の頭一つで私は命を賭けねばならないのか?」
「うっ、いや、村の人達を守るためーとかそんな感じでお願いします」
「死ぬぞ、私も」
「……僕も一緒に死にます!」
「いらん」
まったく……口説き文句の一つでも考えてくればいいものを。
ああ、いやだいやだ青臭い青臭い。
「やっぱり駄目かー!」
と、頭を抱えてしゃがみこみ始めた馬鹿の尻を、私は軽く蹴り上げる。
「いたぁぁ!?」
「私が私の意志で決めたのだ。 貴様なんぞは来ようと来まいと構わん」
私が先に決めたのだ。
こいつに頼まれて死地に赴くなど、格好がつかん。
そればかりは許せない。
「えーっと……! つまり、ソフィアさんぐぼぁ!?」
「抱き付こうとするな、この助平小僧が!」
まったく油断も隙もないな!
「で、行くのか? 待ってるのか?」
「い、行きます! ゴブリンよりソフィアさんの方が怖いし!」
「お前はいつも一言多いな、リョウジ……」
「へ? 名前?」
馬鹿の相手はしていられない、とばかりに私はリョウジに背を向けた。
「お前はどうする、マゾーガ」
「言うまでも、ない」
民家の陰に隠れていたマゾーガが姿を現す。
皮鎧を着込み、戦斧はよく磨かれて輝く。
「なら、行くとしようか」
「おう」
「え、いや……僕も行きますし、なんでいきなり名前呼びなんですか、ソフィアさん!?」
言わずともわかれ、そのくらい。
私は呆れ、深い溜め息を吐いた。
「顔が笑ってるぞ、ゾフィア」
「まったく……どうしようもない馬鹿ばかりだ」
無論、私もだが。




