十一話 How much is the price of the life? 上中
独りになるのはいつぶりだろう。
少し独りになりたくて、村を出た俺はそんな事を思った。
夕暮れの村は家々から竈の煙が立ち上り、人がいると教えてくれる。
それを見たくなくて、俺は草むらに横になった。
城にいた時、必ず誰か側にいた気がする。
今じゃ思い出すのも恥ずかしいけど、女の子とばっかりいた気が……あれが、黒歴史ってやつか。
宿場町で働いてた時はシーザー先輩とずっと一緒にいた。
色々と悪い事を教わったけど、楽しかったなあ。
一緒に働いてた人達も優しかった。
旅はずっと皆といる以外にはない。
始めはこの先、どうしたらいいかわからなかったけど、今では悪くない気分だ。
剣道やっていた時は必ず部活に入らなきゃいけないから、何となくやっていただけだけど、マゾーガに教えてもらうのは楽しいし、身になっている気がする。
「……勇者ねえ」
だけど、このままじゃ殺されかねない。
俺なりに頑張って勇者になろうとしたけど、どこかでボタンを掛け違えて、勇者にはなれなかった。
そもそも失敗した俺なんかが、勇者になれるはずがない。
「どう考えても無理だよなあ」
マゾーガのような立ちふさがる全てを蹴散らす力も、立派な志とやらもない。
ソフィアさんのように遠慮容赦なく叩き斬る技もないのに。
すぐに調子に乗って、おだてられれば嬉しくなるし、あっさり騙される俺が勇者なんて。
百人が百人、あの二人の方が勇者に相応しいと言うに決まっている。
「はあ……」
「溜め息つくと幸せが逃げちゃうんだよ。 知らないの?」
「うわっ!?」
驚いて上半身を起こすと、俺の横に小さな女の子が立っていた。
にこにこと笑っている口元から、前歯が一本抜けているのが見えて、左右で二つに分けた髪は少し上下にズレている。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
「あれ、もうこんばんはかな?」
「そ、そうだね、そろそろこんばんはかな」
「お兄ちゃん、見た事ない人だけど旅の人?」
「あー……」
職業、旅人。
……それはどうなんだろう。
「そうだよ」
迷いはしたけど、そう答えておく。
勇者じゃないし、ニートでもない。
ニートでもない。
「お兄ちゃん、お名前はなんていうの?」
「リョウジだよ。 君は?」
「あたし、ティータ!」
「可愛い名前だね」
城での生活で学んだ事がある。
『女の子は必ず褒めろ』
これを守らなければ、彼女達は必ず不機嫌になった。
ほんの少し髪を切っただけでも、それに気付かなければ許されない。
「うん、ありがとう。 リョウジも珍しくて格好いいね!」
お兄ちゃんから呼び捨てになっているけど、悪気は一切ないと思わせてくれるひまわりみたいな笑顔をティータは浮かべている。
お兄ちゃんと呼ばれて喜ぶ趣味は俺にはないし。
「ティータ」
「なあに?」
「勇者を、どう思う?」
子供に何を聞いてるんだろう、と思わなくもない。
でも誰かの意見を聞きたいと思った。
Gさんは当たり障りなく、マゾーガは気にするなと優しく慰めてくれるだろうし、ソフィアさんはどうでもいいとばっさり切り捨ててくる。
誰も何も言ってくれない。
誰も俺に教えてくれない。
自分がどうしたらいいのかすらわからない。
「勇者様?」
「うん、勇者様の事をどう思う?」
「うーん……?」
ティータは胸の前で左腕の上に右腕を置いて、多分だけど腕組みの真似を始めた。
「うーん……?」
子供というのは純粋な存在だ。
大人とは違って、建前を抜きにしたストレートな意見を出してくれるんじゃないだろうか。
そんな期待を篭めて俺は唸りながら、左右に揺れるティータを見つめていた。
「うーん……?」
十回は唸っただろうか。
「わかったよ、リョウジ!」
「き、聞かせてくれ!」
「ティータね、お腹空いた!」
「へ?」
「じゃあ、ティータお家帰るね!」
「あ、うん」
拍子抜けしたなあ、うん。
勝手に期待して、勝手に落胆して俯く自分に少し嫌気が差す。
これじゃあ勇者様勇者様とちやほやしてくれた女の子達と同じだよなあ、俺。
こんな事じゃいけない。 笑顔で見送ろうとして、顔を上げた俺に、
「リョウジ」
「ん?」
「ちゅー」
頬にぷにっとした柔らかい感触、サラサラの髪の毛がくすぐったい。
「元気出た?」
「な、な、なんで!?」
ああ、幼女にほっぺにちゅー……ちゅーって恥ずかしいな、おい!? とにかくそれくらいで顔赤くしてどうするんだ、俺!
「ママがパパによくしてるんだよ! ……元気出た?」
「……俺そんなに元気無かった?」
「うん、泣きそうな顔してたよ」
そう言うティータの顔は、降り出す寸前の曇り空みたいになっている。
彼女を泣かせたくないな、と思った。
「ティータのお陰で元気出たよ。 ありがとう」
「むう、だめー!」
「な、なんで」
身体全体でバッテンを作るティータに少し驚いた。
「パパだったら、ヨッシャー!とか毎朝言うんだよ! ティータはおひげチクチクするからしてあげないけど!」
「ヨッシャー?」
「もっと元気にー!」
「……ヨッシャー!」
「だめー!」
俺は立ち上がると、
「ヨッシャァァァァァァァァァァァァ!」
何かもうヤケクソな気分で、腹の底から叫んだ。
それだけで腹の底に溜まっていた真っ黒な物が、溶けた気がした。
「よーし。 いい子だね、リョウジは!」
ぺちぺちと俺の足を叩くティータの頭がちょうどいい所にあったから、わしゃわしゃと撫でる事にしよう。
「ありがとう、ティータ。 お陰で元気出たよ」
たったこれだけで笑顔が自然に浮かんで、肩が軽くなった。
「うん、よかった!」
ああ、ちくしょう。
「じゃあ帰るね。 またねーバイバイ!」
手を振り、村の方に走って行くティータの背中を見ながら、無性に泣きたくなった。
勇者がどうとか……今はどうでもいい。
自分の事ばかりだ、俺の中には。
始めは村の事を考えていたはずなのに、自分の事しか考えていなかった。
そして今はそれもどうでもいい。
情けない自分をどうにかしたい、何をどうしたらいいかはわからない。
でも、わかっている事が一つだけある。
「あんなにいい子が死ぬのは、絶対に間違ってる」
それだけは、確かだ。
「やってやる」
ソフィアさんが手伝ってくれなくても、マゾーガが手伝ってくれなくても、暗殺者に狙われようが知った事じゃない。
「やってやる」
勇者の力はなくなった。
でも、それはやらない理由にはならない。
「俺が、ティータを助ける」
家族がいなかったら、ティータは泣く。
村が無ければ、ティータの家族の生活が大変だ。
「なら全部、助ける」
助けてみせると、俺は決めた。
いや、でも実際、どうしようか。




