十話 世の中が変わっても、変わらない物は案外ある 上
「ふむ、なかなかの味だな」
団子をひとかじりした私は、思わず口に出していた。
豆を潰して甘く煮たたれがいい味を出していて、何の期待もせずに食べた私を見事に裏切ってくれる。
「へえ、そりゃどうも」
愛想はいいが、忙しそうな親父が団子の乗った皿を置くと、そそくさと奥に引っ込む。
次の街へ行く途中、街道の脇に有った茶屋に寄ってみれば、なかなかこれが悪くない。
味も悪くないし、ちょっとした丘を登りきり一息つこうか、というような場所にあるのだから、それなりに繁盛しているのだろう。
私達以外にも五人の旅人の集まりが、思い思いに寛いでいた。
逃げるように後にした宿場町から、まだ一日程度の距離だし、治安も悪くはなさそうだ。
「爺も食べるといい」
「はい、いただきます」
皿に置かれた五本ばかりの団子を、真剣な目で見つめる爺の表情に普段の幼さはない。
私が美味いと言った食べ物から、必ず何かしらを盗もうとし、更に爺の料理の腕が上がる。
色々と爺に食べさせておくのは、私にとって非常に有益な事だ。
こうして勝手に育っていく爺は一体、何の因果で私に着いてくるのだろうと思わなくもないが、爺にはきっと被虐趣味でもあるのだと勝手に納得しておく。
他人の気持ちなど私には推し量れはしない。
着いて来るなら構わないし、離れて行く相手を必死に止める気はない。
愛というわけでもなかろうし。
「しかし、よくやるもんだ」
茶屋の前はちょっとした空き地になっていて、馬車の三台は停められるようになっている。
「うおおおおおおおおおお!」
「無意味に声を上げるな」
勇者が振りかぶった木の棒を避ける事なく、マゾーガは一歩踏み込んで無意味にした。
木の棒が真剣だったとして、鍔に近い根元では力が入らずにマゾーガの厚い筋肉を斬れはしない。
それを証明するようにぱかん、と間抜けな音を立てて、マゾーガを打った木の棒が半ばからへし折れた。
「そ、そんなのありか!?」
「ありだ」
ありに決まっている。
手傷を負わせただけで満足していいのは、決まり事に守られた道場剣術だけだ。
実際に斬り合うのなら、鎧兜を身に着けた騎士や、服の下に鎖帷子を着込んだ者を考えなければならない。
むしろ、まず装甲で一撃を受け止め、出来た隙を狙うというのは基本中の基本だ。
「右肩」
宣言した通り、マゾーガの持つ木の棒が勇者の肩を襲う。
「くうっ!」
必死に折れた木の棒で防ごうとする勇者だが、間に合わせようとする事に精一杯で斬線を見るまで行っていない。
何とか間に合った、という安堵の表情を浮かべた勇者が受けに回した木の棒を粉砕して、マゾーガの一撃が入った。
「油断するな」
「油断してねえ!? どうやって受ければいいんだよ、こんなの!?」
マゾーガの力で振るわれた戦斧を正面から受ければ、それなりの格がある魔剣でも折れる。
ならばまず受けない、受ける事になっても流すように受けるしかない。
「……頑張れ」
「え、やり方のコツとか……」
「頑張れ」
コツと言われても、攻撃されている最中に、のんびりと考えて動く暇があるはずもなく、気付いたら何となく動いているとしか言いようがないし、そうなるように技を工夫するものだ。
「勇者様、いきなりどうしたんでしょうね?」
「さあなあ。 何か心境の変化でもあったんだろう」
いつの間にか勇者はマゾーガに剣を教えてくれるように頼んでいたらしく、ここに来るまでの道中、斬り方の基本などを教わっていた。
「楽しそうですね」
「そうだな」
ずずっーとお茶を啜りながら勇者を見てみれば、顔には僅かだが笑顔が浮かんでいる。
初めて人を斬った時、あんなにも死にそうな顔をしていたくせに、本当に何があったのやら。
すっきり全てを割り切ったわけではなさそうだが、少しはマシになったようだ。
「あれっ、団子がもう一本しかありませんよ!?」
「ははは」
「はははじゃありませんよ、もう……いつの間に食べたんですか」
「むくれるな。 どれ親父、十本ばかり包んでくれ」
淑女としての自覚が!と喚く爺を無視して注文をする。
「へい」
二回目の挑戦を始めた勇者が二度目の敗北を迎えた辺りで、店の親父が何かの葉にくるまれた団子の包みを持ってきた。
少しばかり多めに支払ってやれば、顔こそにこにこしているが当たり前だと言う表情で受け取る親父だが、なかなかいい根性をしている。
腕に自信がある以上、多少の色は当然だと思っているのだろう。
腹もくちくなり、満足した私は腰を上げた。
「そろそろ行くぞ、マゾーガ、勇……アカツキ」
気を抜くと大声で勇者と呼びそうになって困るな。
呼んでもいいが、色々と面倒になるだろうし、気をつけねば。
「へ、もう?」
荒い息を吐き座り込んでいる勇者は、どう見ても茶屋で休む前よりくたびれている。
情けない勇者の姿に比べ、マゾーガは平然としたものだ。
「程度を弁えろ、馬鹿者」
「……すまん」
「あ、いや、俺が調子に乗ってもう一本とか何回も言うから! ごめん!」
「おでも、止めなかった」
「いやいや、俺が悪かったんだって!」
お互いに謝りながら、出立の用意をしていく二人に面白みを感じながら、ふと気付いた。
「妙に勇者に体力が着いてないか?」
「え、そうですか?」
爺は駄目だな、まったく。
王都から逃げた後ならとっくにへばっているくらい動いているくせに、今日の勇者はすでに立ち上がり息を整えて、まだまだ余裕のありそうな顔をしている。
「しばらく力仕事していたから、体力が着いたのでは」
「そういうものか……?」
どうも私の中の予想と、現実の勇者の成長がいまいち噛み合っていない気がするが……まぁ早く成長するなら、悪い事ではないだろう。
それに、
「えっ、何? 俺なんかしました!?」
「何でもない」
荷物を担ぐ気と、それを維持するだけの体力が着く分には悪い事はない。
むしろ、何故そこまで私に怯えているのか聞きたい所ではあるが、まぁとりあえず問い詰めるのは後にしよう。
席を立った私達を追うように、茶屋で寛いでいた五人の旅人も立ち上がる。
「さてはて、楽しくなってきたじゃあないか」




