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剣戟rock'n'roll  作者: 久保田
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幕間 逃げ出した夜

「この街を出るぞ」


 今すぐにだ、と言ったソフィアさんはいつも通りの様子だった。

 返り血一つなく、あれだけ人を斬ったというのにいつも通り。


「待……って」


 俺ときたら胃の中をひっくり返して、喉から飛び出してくるんじゃないかと思うくらいの有り様だ。

 血を落として服を着替えたはずなのに、まだ鉄錆の臭いがする。

 吐きながら泣きじゃくったせいで、使いすぎた喉がひりひりと痛んで声が出ない。


「このまま街にいれば復讐される。 ああいう輩は面子を潰されれば、後先考えないからな。 それはさすがに面倒くさい」


 言葉通り、いかにも面倒くさいと頭を振るソフィアさんの髪が揺れれば、どこか甘い香りが俺の鼻をくすぐった。


「少しだけ……で、いいんです。 お願い……します」


 頭を下げる俺にソフィアさんは少し考えると言った。


「月が一番高くなるまでだ」


 体感であと一時間か、二時間はないくらい。

 今の俺はほんの少しでも、この甘い香りから離れていたかった。

 血の臭いに混ざった甘い香りは、不思議と俺の中に残っていて、耐えられそうにない。




 ふらふらと歩いてみたけど、この街で知ってる所なんてほとんどない。

 自分でもなんでまた、と思うけど仕事場に来てしまった。

 昼間あんな事があったせいか仕事は無かったらしく、工事は進んでいない。

 当たり前だけど夜の現場は誰もいなくて、寂しかった。

 厳しかったけど、明るくてなんだかんだと優しかった人達はいなくて、お別れの挨拶も出来やしない。


「……シーザー先輩くらいには」


 せめて挨拶したいな、と思った。


「やめておけ」


「……マゾーガ」


 オークの巨体がぬうっと、夜の闇から音も無く現れる。

 トレードマークの戦斧こそ持っていないけど、腰に差した鉈がマゾーガの迫力を増していた。

 だけど、今更マゾーガに脅える理由もない。


「なんで」


「迷惑がかかる」


「……だよなあ」


 もし挨拶してる所をコルデラート一家に見つかったら、シーザー先輩が何をされるかわからない。

 俺みたいな役立たずの顔を覚えている奴がいるのかはわからないけど、万が一の可能性がある。


「だから」


 マゾーガが短い言葉と共に突き出した箒を、俺は無言で受け取った。


「別にマゾーガまでやる事はないよ」


「おでは、契約した。 途中で抜ける詫びだ」


 そう言うとマゾーガは丁寧に地面を掃き始めた。

 元の世界に比べて、この世界の靴はあまり質がよくない。

 だから石の破片を踏み抜いて怪我をしてしまう事があるから、そういう石を片付けるのが毎朝の俺の仕事だった。


「なあ」


「なんだ」


 掃除をする俺達の距離は、少し遠い。

 マゾーガが俺から離れようと、少しでも離れようとしてくれている。


「なんであんな事、出来るんだ?」


 人を殺すのは、しんどい。

 箒を握る手にはまだ、人の身体にナイフを押し込む感触が残っている。

 ソフィアさんもマゾーガも、この感触を知っているはずなのに、なんでこんな事をしていられるんだろう。

 責める気は浮かばず、ただ純粋に不思議なだけだ。


「ゾフィアの答えは、おでは、知らない」


「マゾーガの答えでいいよ」


「あまり上手くは、言えない」


 だけど、と言葉を切ったマゾーガは何となく小さく見えた。


「やっちゃいけない事がある」


「うん」


「おでは、それが許せない」


「うん」


「でもおでは、馬鹿だから他のやり方がわからない」


「ああ」


 なんだ。

 びっくりするくらいわかりやすい。

 だってそれは、


「俺と同じなんだ」


 真面目に働いてる皆にたかって乱暴するコルデラート一家に腹が立った。

 俺はそれが許せなくて食ってかかったら負けて、マゾーガはそれが許せなくて立ち向かって勝ってみせたんだ。


「理不尽だなあ、世の中」


 誰かを殺したいなんて夢にも思わないし、もう冗談でも人に「死ね」なんて言える気がしない。

 ただ真面目に働いて、誰かといられるなら今の俺は満足出来るし、満足していた。

 だけど、そんなちっぽけな夢も平然と踏みにじれる奴らがいる。


「そういう物だ」


 マゾーガはきっとそういう物と戦ってきたんだろう。

 どんな理不尽にも立ち向かうマゾーガは、テレビの中にしかいないと思っていたヒーロー達みたいで、


「格好いいな、マゾーガは」


 心の底から俺はそう思った。

 俺みたいな名前だけの勇者じゃなくて、彼みたいな立派な男こそが勇者になるべきだ。

 何の役にも立たない俺を選ぶ神様の目は、節穴どころか風穴でも空いてるに違いない。


「格好いいはよせ」


「え、だってマゾーガ格好いいし」


 まさに漢の中の漢って感じだよなあ。


「おでも、女だ。 格好いいより、可愛いの方がいい」


「えっ」


「……………………冗談だ」


 思わず黙り込んでしまった俺から、マゾーガはぷいと顔を背けた。


「え、えっと、どの辺りが冗談なんだ!? だ、だってこの前、胸触った時なんて逞しくて硬い大胸筋の感触しかしなかったし、おっぱいってもっと柔らかい物なんだろ!? ぷにょんって感じでさ! 俺、聞いた事あるぜ! 知ってるぜ!?」


 嘘だと言ってくれよ!

 女の子っていうのは、もっと柔らかくてぷにょんってしてて、こう……ぷにょんなんだろ!?


「殺すぞ」


「はい、すみませんでしたぁ!?」


 これは殴られても仕方ありませんよね、ははは。


「ここにいたのか、リョウジ!? ってなんだこりゃあ!?」


 シーザー先輩の驚く声を聞きながら、今日二回目の気絶する俺だった。

 俺の知る女の子は、こんないいパンチ持って……ソフィアさんもいたや。

 世の中の女の子はひょっとしたら皆、いいパンチを持っているのかもしれないと学んだ俺だった。

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