一話 上
何とも困ったもんだ。
僕はそうぼやきそうになるのを、必死に止めた。
「隊長、お願いします!」
「はいはい、じゃあ僕が行ってくるよ」
誰か止めてくれるかと思ったけど、そんな事もなく僕は人だかりの中から前に出る事になった。
魔王を倒してから三年、何の因果か王都で警官の真似事をさせられていて、
「黒いコートに腰の後ろに回した二本の剣。 お前が勇者か!」
「勇者じゃない。 ただのリョウジ・アカツキだ」
「ふははははは! 今日で勇者の最強伝説は終わりだ! このウラジミール・カマセイヌー様が終止符を打ってやろう!」
「聞けよ、人の話……」
こんな手合いが増えてしまっている。
行き止まりの狭い路地に、二人の人影があった。
一人は筋骨粒々の鉄鎚を構えたテンションの高いマッチョ、その後ろには脅えて涙を浮かべた小さい女の子の姿だ。
騒ぎを起こせば警官の真似事をしている僕が来る、と広まっているのか、自分から事件を起こす一攫千金狙いの馬鹿が多い。
何せ僕は魔王退治の勇者様というやつだ。
名前を売るには最高だろうし、僕が勇者の力を失っているのもポイントが高い。
そんな馬鹿の中でも、こいつは最悪だ。
「……とりあえず女の子を開放してくれない?」
「断る! 知っているぞ、勇者! お前は魔術と剣を組み合わせた戦い方をするのだとな! 後ろにいる人質に当たる事を恐れるのなら、お前は魔術を撃てまい!」
小さな女の子を人質に取って、高笑い出来る神経は理解が出来ないし、理解する気にもなれない。
この三年で学んだ一番大きな事は、馬鹿の言うことは理解しようとするのが間違い、という事だ。
こいつは僕を倒した後、どうする気なんだろう?とか何も考えてない。
まぁ考えていようといまいと、
「止めるぞ、外道」
「何が外道か! ならば貴様はよってたかって武人を貶める臆病者だ!」
「それが僕の仕事だ」
警官や正義のヒーローがよってたかって一人をぼこぼこにするのは、単純な理由だ。
負ければ外道が悪さをする以上、絶対に負けてはいけない。
魔王にこの国の貴族や兵士が壊滅させられたせいで、王都に残されていたのは若い騎士か、年を取って戦場に出る事のなかった兵士だけだ。
そうである以上、そこにロマンを持ち込む余裕なんてこれっぽっちもなく、新撰組を参考にしての集団戦闘を導入しようとしたものの、ノウハウのない僕ではなんとも出来ず、マゾーガのお兄さんが手伝ってくれなかったら、どうなっていたか本気でわからなかった。
今、マゾーガはシャルロットと、ペネペローペさんはマゾーガと名乗り、色々やり始めているらしい。
その事は感謝しているけど僕がマゾーガと話すと、怒り出すから近付けないのは何とかしてくれないもんか。
そんな風に目の前の光景から意識を飛ばしていたけど、男……カマセスキーだったかが唾を飛ばしながらまだ喚いているのを思い出した。
「大体、お前には武人としての誇りが!」
「ないよ、そんなもん」
こっそりと編んだ魔術の構成を発現させ、カマセスキーの目の前に光の珠を生み出す。
「ぬおっ!?」
「調べるなら、ちゃんと調べてこい」
強烈な光に目が眩んだ相手に近付き、左でボディブロー、頭が下がった所でアッパー一発。
「大魔術なんて使えないし、こういう小技を使うスタイルだ」
それだけで地面に沈んだ相手に、言い捨てる。
僕を狙う手合いが、あまりに多かったせいでソフィアさんから盗んだ戦い方は封印中だ。
未熟な僕では手の内がバレてしまえば負ける可能性がある以上、少しは頭を使わないと。
「大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます、勇者様!」
キラキラと目を輝かせる女の子に、僕はぼやくように返した。
「勇者じゃない。 ただのリョウジ・アカツキだよ」
しかし、ソフィアさんはどこに行ったのか。
三年前、魔王を倒した後、ソフィアさんとクリスさんは姿を消していた。
お陰で僕とルーが救国の英雄扱いだし、何より最強の看板を降ろすに降ろせない。
「どうにも困ったもんだなあ……」