最終話 世界の全てを敵に回してでも 下下
杖が踊る。
縦横無尽に変化する杖が、宙を切る。
鋭い風切り音は、鋭い刃がついた刀剣にも優るとも劣らず。
突き、払い、穿ち、斬る。
小さな、そのくせぎゅっと力を濃縮した小型の竜巻だ。
そんな中に身を投げ出す僕は、端から見ればイカれているだろうし、それは事実だ。
必殺が吹き荒れるの渦に、必要だからと身を踊らせるなんて正気であるはずがない。
だけど、その場所にたどり着こうとするならば、そうするしかないんだ。
勇気なんて大層なものじゃなくて、ただの意地でしかない。
音が鳴る。
まるで弦を弾くような連続した震えの音だ。
「ふざけてんのか、これは!」
苛立つように魔王が叫ぶ。
全てを通さんと放たれた渾身の突きを流されては、そんな悪態もつきたくなるに違いない。
どんな分厚い鉄板だろうと、ぶち抜く突きを止めるには、どうしたらいいか。
答えは驚くほどにシンプルで、これを考え出したソフィアさんは真実、狂っていたのだろう。
突きを流され、だが魔王はそのままでは終わらず。
左に流れた身体を回し、剛力の上に遠心力を籠めた横薙ぎが僕の肩口を狙い放たれる。
「正気で狂えもせずに、戦えるか」
右手の聖剣で掬い上げるようにして、魔王の棒を打つ。
無論、そんな一撃で止まるはずもないが、僅かばかり杖の軌道が流れた。
左手の刀の切っ先を、その軌道に添えるように差し出す。
まだまだしっかりと力の乗った一撃、華奢な刀身に僅かな歪みを得る。
まばたきの何百分かの一の時間、あと何百分かの一の力が乗れば刀は砕けるだろう。
その刹那を分割する。
音が、鳴った。
切っ先から流し、三ツ角で受け、歪みを与える力を受け、魔王の杖から力を奪う。
音が鳴り、物打ちで火花が散る。
そこで手首を返し、杖を頭上に跳ね上げれば、魔王の上半身ががら空きになった。
そこに聖剣を叩きこもうと踏み込むが、あっさりと下がられ、反撃のタイミングを逃してしまう。
「もっと速くだ……」
一度、受ければ終わりだというのなら、どうすればいいのか。
その答えはシンプルな理屈だ。
一度で駄目なら、何度でも受ければいい。
ビルの三階から飛び降りたとしても、力を分散出来れば人は無傷で飛び降りられる。
どんな威力のある攻撃とて、百に分ければ流せる。
音が、鳴った。
五回に分割された音は、繋がりを見せて弦が震えるような音を立てる。
聞き苦しい響きは、旋律にならず。
「もっと速く」
音が、鳴った。
七回に分割された音は、腹に響く低音。
まだ足りない。
僕の身には余分な物が多すぎる。
「もっと」
八回、切っ先を攻撃に直接、捩じ込む。
聖剣の重みが煩わしく、手放した。
「もっと!」
九回、高音。 耳障りだ。
余分な力が入っていて、指先が数ミリぶれる。
自分と刀だけが必要な世界に、何が余分なのか。
結論は勇者の力。
必要な所に必要なだけの力があればよく、燃え盛り続ける炎のような勇者の力は、邪魔以外の何物でもない。
刀に勇者の力を送り込めば、もがくように僕の手に刀が痛みを与えてくる。
捩じ伏せるように刀へと無理矢理、力を譲渡し、また一つ余分な物が消え去った。
ゴミ箱に使ったティッシュを放りこむような扱いに、刀が怒り狂っている。
「ーーーーー」
言葉も呼吸もいらない。
十回、音が鳴った。
一つに、間延びした音だ。
勇者の力を捨てれば、僕は僕だけの意思で動ける。
「ーーーーー」
十一回。
刀を宥めながら、全身を使って流す。
「オオオオオオオオオオ!」
魔王の突き。
獣に似た咆哮。
まだ地に落ちていなかった聖剣を、魔王の突きが砕き貫く。
『絶対不壊』は破れ、そして鈴の音が鳴る。
凜と響く音が鳴り、何をどうしたか自分でもわからないほどの分割された時間の中で、僕は魔王渾身の突きを正面から止めていた。
「マジかよ」
へらりと魔王は笑い、
「もらう」
いつの間にか鞘に収めていた刀を、抜いた。
銀閃煌めき、魔王の首がぽんと飛んだ。
「見事、ってか」
「まだ、足りない」
ソフィアさんの聖剣を断ち斬った剣には、遥かに届かない。
しかし、魔王の命に届いた手応えがある。
自分が魔王に勝てるかと疑えば、それが魔王の力となる。
なら、勝ちも負けもなければいい。
その先だけを、僕は見た。
遥か遠き剣の頂を、ソフィアさんだけを見た。
「魔剣チィルダが仮の主、リョウジ・アカツキ」
刀を納めれば、鈴の音。
流した血の池を、桜の花びらが泳いでいた。
落ちそうな意識と視線を無理矢理、持ち上げて、
「魔王、討ち取ったり!」
夜空に、僕は叫んだ。
星が、綺麗だった。