俺の超能力はどこかおかしい
超能力。それは超常能力を持ったもの達の総称で、十年前に十五歳以上の者達に突如として発現したのが始まりである。今では人口の半分は超能力者となり、一般的になりつつあるものの未だ何故発現したのか、何故十五歳以上なのか、どうすれば発現するのかも分かっていない。
発現当初の、自身の異常性に混乱する者や、その力に溺れた者達により世界中を巻き込む混乱。秘密結社ダークマターの暗躍。それらも能力者達で結成された特務機関ノアにより収束へと向かい、多少の暴動は起こるものの概ね平穏を迎えたと言っても良いだろう。
平穏に向かう中、ノア主導により高等教育は義務化、さらには無償化されこれから発現するであろう者や、通学年齢以上で発現した者の教育に力を注ぐ事となる。
そんな中、十年と言う節目の年に、超能力の研究に公明を指すような能力者が現れた。彼の名は破竹悠斗。彼の能力では声が聞こえたのだ。
それが誰の声かも解らないものの、もしもその声と会話が出来るのなら、研究は大きな転換期を迎える事となるだろう。そう考えたノアは悠斗の住む町に研究所を建設し、彼の許可を得て日々研究を続けている。そんな悠斗の能力は、その異常性からイレギュラーと呼ばれていた。
研究に協力している立場だといっても、十六歳となる悠斗にとっても義務化された高校生活は避けられない。今日も学校へと向かわなくてはならない筈だが、八時になった今でも起きる気配はない。学校へは歩いて十五分程と、ホームルームにも間に合うような時間ではあるが、支度や朝食を含めれば間に合うような時間ではない。
当然、目覚ましも鳴ってはいた。幼なじみが声を入れた『起きろっ!!』と叫ぶ特性の目覚まし時計は、普通の人なら驚き跳ね起きるだろう。しかし悠斗はあろう事に、幼なじみの真心と怒りが籠もった目覚まし時計を壁に投げつけ破壊して見せた。幸せな二度寝を楽しむ彼を見れば、幼なじみも怒り出すだろう。
「起きろっ! このバカ悠斗、あんたがちゃんとしないと私も怒られるのよ!」
彼の部屋のドアを乱暴に開け放ち、叫びながら乗り込んできたのは件の幼なじみ、風目朱里。悠斗の能力を研究するグループの一員を両親に持ち、彼らから悠斗のお目付役を言い付けられていた。
こうして朱里が乗り込むのも、高校入学から一週間の間毎日の事。悠斗も慣れたものなのか頭から布団をかぶり、何も聞こえないといったいつも通りの行動を起こす。これに怒った朱里が布団を剥ぎ取り悠斗を起こすのが今やルーティーンなのだろう。
手早く身支度を済ませ、休み時間に食べるために買い置きの菓子パンを鞄に詰め込み、朝からゲームに興じる父に一言告げ朱里と共に家を飛び出す。
悠斗の父は翻訳家らしいものの仕事をする場を見たことは無く、見る姿と言えばゲーム中の後ろ姿や陽気に料理をして楽しく食卓を囲む姿のみ。シングルファザーであっても安定して暮らしていけている事から、恐らく仕事は上手くいっているのだろう。
「ほら、走るよ! 今日は研究所に行くんだから、遅刻なんてしたらまた私がどやされちゃうよ」
「うっわ、今日だったか。あーあ、今日ゲームの発売日なのになぁ」
父の影響からか、悠斗もまたゲーム好きだ。こうして研究に付き合い始めてから、発売日にワクワクしてゲームを買いに行くという楽しみも奪われる事もあり、失敗だったかと父に後悔を漏らすこともある。その都度格闘ゲームで父にボコボコにされバカにされるのも、ある意味家族の楽しみになっているのかもしれない。
学校までは真っ直ぐの一本道。家から続く道を行けば良いだけの簡単な道の筈だが、今日はその簡単な事も上手くいかないらしい。続く道には多くのパトカーと野次馬が集い道を塞いでいた。
「あぁ、こんな時に限って」
朱里が嘆くのも気にせず、悠斗は興味津々といった様子で野次馬に近づき、近くで離れるよう拡声器で叫ぶ警官に話し掛けた。
「何があったんすか?」
「ん? ああ、悠斗君か! 丁度良い、対応部隊の能力者の到着に時間が掛かっているんだ。なんとかしてもらえないだろうか」
まだ若い警官だがこの町で勤務する以上、悠斗を知らない訳には行かない。研究所の存在はそれだけ重要視されている分、こうした突発的な事件も起きやすいのだ。
今回この様な事になっているのは、超パワーを持つ能力者が車や家を破壊している為。行動を阻害する為にパトカーで囲んでいるものの、どうやら対処に来る能力者が目当てなのか、移動する事もなくただその場で破壊活動を続けているようだ。
「了解。よっしゃ、これなら遅刻も許される」
「怪我はしないでよ! そんな事になったら私が余計に怒られるんだから」
当たり前だろう、遅刻と怪我では研究対象に対する重大性が違う。遅刻を咎めるのは研究所のイメージが悪くなる可能性を避けるためであって、怪我なんてされてしまえば研究者自体に市場がでるかもしれない。
ただ、戦闘行為自体は止めたりはしていない。どの道、悠斗の能力は対人戦でのみ効果を発揮するものだ。そのために朱里がデータ収集の意味もあってお目付役を勤めている。
「あん? どんな能力者が来るかと思えば、こんなちんちくりんかよ。期待外れも良いとこだな」
人混みを掻き分け暴れる能力者の前に躍り出ると、悠斗の姿を確認した相手はそうあざ笑い、悠斗を気にするでもなく破壊活動を続ける。
平均身長はある悠斗にとってはちんちくりんと言われる筋合いは無いのだろうが、この言葉をそう意味では無いのだろう。
この能力者、古河剛士はただ自分の力は何処まで通用するのか試したいだけなのだ。そのために破壊活動を行うあたり、性根としては悪い部類だろう。
「無視するならそれでも良いけどさ、俺はやる気だぜ?」
「無茶しないでよ!」
野次馬の非難誘導が始まる中、一人その場に座り込み手持ちの観測機器を広げデータを集め始める朱里。それを尻目に剛士を見据える悠斗には、既に自分にしか聞こえない声を聞いていた。
《戦闘意志を確認。……、アタッカーモードで開始します》
その言葉と共に視界の隅にはゲージが、剛士の体にはマーカーが現れた。悠斗の超能力は、このマーカーに攻撃を当てる事で成立するかなり特殊な物だ。おまけとして、行動を成し遂げる為の身体能力の向上も含んでいる。
陸上選手よりも速い、野生生物張りの瞬発力と加速で剛士に駆け寄った悠斗は、剛士が反応するよりも速くその肩に現れたマーカー目掛け、的確に蹴りを放つ。
「ぐっ!? こ、の、野郎!! やりやがったなっ!!」
自身の思ってもいなかった攻撃に怒りだす剛士は、反撃として超パワーを秘めた拳を悠斗の頭目掛けて振り下ろす。二メートルにも及ぶ長身から繰り出される拳は、例えば能力が無くともかなりの威力があっただろう。しかし、そんな攻撃も悠斗のクロスされた腕によって難無く受け止められてしまう。
《ジャストガード成功。コンボゲージ上昇します》
「俺のみ超パワーを受け止めただと!? 車も家も破壊するようなパワーだぞ!?」
そんな剛士の動揺に構いもせず、マーカーが現れた腹に拳を打ち込む悠斗。それだけでは終わらない。足、腕、顔と次々に現れていくマーカーを蹴りに拳にと的確に使い分け命中させていき、そのたびに増えていく視界の隅に映るゲージに、笑みを浮かべる。
「笑ってんじゃねぇ、ぞっ!!」
《パリィ成功。コンボゲージ上昇します》
迫り来る剛士の拳を、寸前の所で腕を使い受け流してゲージを増やし、脇腹にあるマーカーを殴りさらに増やす。
《フィーバーモードへ移行します》
マーカーを殴ったことでゲージが満たされたのか、声と共に剛士の体中至る所にマーカーが出現し、ゲージが減少し始めた。フィーバーモードでは三十秒間マーカーに攻撃を当て続ける事でポイントが貯まり、一定のポイント以上になるとフィニッシュブローを放つことが出来る。
「ぐはぁ!? がっ!?」
無数に表示されるマーカー目掛け、正面から連続で殴り続ける。その勢いに剛士はされるがままとなり、貼り付けにされたように動けない。自慢の超パワーもこうなってしまえば役に立たず、せめて防御力も上げっていればこのラッシュを邪魔することも出来ただろう。
《フィニッシュブロー発動可能です》
そして三十秒後。剛士を押さえ込む強力なラッシュで無事にポイントが貯まり、悠斗の両手足が赤いオーラのような物に包まれた。フィニッシュブローは所謂一撃必殺技だ。馬くらい攻撃を繋がなければならず、繰り出すまでに時間が掛かるもののその攻撃力は強力無比。どんな相手でも一撃で倒す程の力が籠もっている。
「ぶっ飛べこの野郎っ!!」
叫びと共に剛士の腹に突き刺さった拳は、その体を吹き飛ばし背後にある家々を貫きながら百メートル程突き進み、民家の中で倒れ伏した。
住人が非難していたのが幸いだろう。いきなり大男が壁を突き破りながら飛んでいったら、トラウマにでもなっていたかもしれない。
「やっぱ良いよな、この感覚!」
ゲーム好きの悠斗にとって、この能力は歓迎すべきものだろう。何せゲームのようにコンボを決める事も出来るし、何よりそれを可能とするだけの身体能力までも手に入れた。極めつけはフィニッシュブローの爽快感だ。普通の能力者とは一味違った能力でも、望みを叶えるような能力なら幸せなものだ。
「なんでこんなに派手にやるのよ! あぁ、また本部から注意を受けるんだろうなぁ」
朱里の嘆きも尤もだ。基本的に能力者の事件が起きた際には、補償を出すのはノアの役目。ノア所属の事件対応部隊なら少しでもその額を下げるために被害を最小限にして対処するものの、悠斗は半分爽快感を求めるためにわざと派手にやる節があり、所属扱いになっている研究所を含めて注意される事がよくあるのだ。
「部隊を待つ方が被害が少なかったかもなぁ」
警官も複雑な心境だろう。事件が事件だけに、早期解決が望ましい。そこは有り難く思うものの、こうも被害を増やされてしまってはたまったものじゃない。結局、警察にも苦情は来るのだから。
事件も収束したとなれば、学校に行くのも学生の務め。もう学校なんていいから家帰ろうぜ、とほざく悠斗を朱里が引きずりながらこの場を後にする。その後ろ姿に敬礼をする警官の姿は感謝の印だろう。見よう見まねで敬礼をする悠斗の行為も何時もの事。能力者の少ないこの町では、悠斗も大事な戦力なのだ。
この先この能力の声の主を知ることになれば、様々な思いを持つものが現れるだろう。それは悠斗も例に漏れない。しかし、その真実はきっと悠斗を強くする。その先に起こる困難も乗り越える程の強さを与えてくれる筈だ。