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転生したら逃げ馬になった件  作者: たこやき
4/4

二回目のレース

    6


 前回のレースより四週間。僕は二回目のレースを迎えていた。

 二歳五百万円条件。芝・一二〇〇メートル。

 今回、僕の背に乗るのは、熊谷というデビュー二十年を超えるベテラン騎手。リーディング上位に名を連ねることは少ないが、堅実に勝ち星を重ねている中堅騎手。僕が調教師だったとき、何度か騎乗を依頼したことがある。

「どうにも掛り癖があるようだから……」

 松永調教師と熊谷騎手が練った作戦はこうだ。

 前回のレースの結果、僕は騎手の指示を無視して、前へ前へと行きたがる癖を持っている馬だと判断された。幸か不幸か、僕はデビュー戦でスタートダッシュがうまいことが証明された。もし、このままではレースでは前へ、前へと行けば良いのだと学習してしまう。それでは、将来、皐月賞やダービーといったレースを目指す上で不利になってしまう。

 そこで敢えてスタートダッシュの上手い馬が集まるスプリント戦に出走。前に馬がいる状態で走ることに慣れさせる。

 長距離を狙う馬をスプリント戦に出す。将来性を考えるとどうなのか? という意見はあるが、僕も調教師だった経験からして決しておかしな判断ではないと思う。僕がこんな馬を預かっていたとしても、同じようなことをしていたのではないだろうか。


 奇数番、偶数番という順番で出走馬がゲートインしていく。そして、最後に大外番の馬がゲートインする。

 一呼吸。

 金属音が鳴り響き、ゲートが開く。

 ゲートイン、出走という流れを把握している僕は、他馬よりも一完歩早くコースへと飛び出す。コースロスをしないため、内埒沿いへと進路を向ける。

しかし、流石にスピードには自信のある馬がそろうスプリント戦。僕が内埒沿いへ入るのを阻止するように、内枠の芦毛馬が一頭分の隙間に身体をねじ込ませる。さらに、大外から真っ黒な青毛馬が駆け上がってくる。この馬も先に行きたい口だろう。

「よし、そこで抑えろ!」

 鞍上の熊谷が声と共に手綱を緩める。力を抜け、という指示。

 怖い、でも……

 先ほどまでのダッシュを緩めようとする。外から来た青毛馬が、ここぞとばかりに並びかける。内側の芦毛馬も隙間をこじ開けて上がろうとする。広くなった視界がそれをとらえる。


 怖い。

 はっきりと意識に上る恐怖感。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。何とか、恐怖を飲み込み進む。


 コースは早くも3コーナー。

 外の青毛馬が首一つ僕の前へと躍り出る。内へはいろうと強引に動く。

 内からは芦毛馬がスピードを上げ、外に膨れる。

 衝撃音。

 僕の鞍と青毛馬の鞍が激しくぶつかる。僕の前腕にも衝撃が走る。

 ガツン!

 今度は内側の腰に衝撃。芦毛馬が膨れたことで、僕の腰にぶつかったのだ。内から膨れる芦毛馬、外から切り込んでくる青毛馬。その間で僕は、完全に挟まれた。


 やばい!

 

 何とか抑え込んでいた恐怖が蘇る。

 もし、このまま転倒してしまったら……

 頭に浮かぶのは、馬同士がぶつかり合って転倒してしまった落馬事故。

 もし、脚をやってしまったら……

 人間だった時代は、「仕方がない」と割り切れていたことが、身に降りかかる危機として現れる。このままでは……


「お、おい」

 僕は、手綱を抑えようとする熊谷に逆らい、青毛馬の前に出ようとする。しかし、青毛馬も闘争心に火が付いたのか譲らない。内の芦毛馬も縋りついてくる。状況は変わらない。

「ちっ!」

 心の中で舌打ちをする僕。と外の青毛馬が内へと切り込んでこようとする!

「おい、あぶねぇな! 内に切れ込むな!」

 熊谷の叫びもしかし、通じない。青毛馬の身体と衝突する。

「くっ!」

 衝撃でよろける。しかし、内の芦毛馬も負けじと押しかえす。よろけていた僕が今度は外へと膨らむ。衝撃で、一歩分、空間が開ける。

「馬鹿野郎!」

 先ほどの態度とは逆に、今度は青毛馬の騎手が叫ぶ。

 チャンスだ!

 僕は、その空間へと体をねじ込む。

「待て! まだ動くな!」

 熊谷が叫ぶ。そんなこと、知ったこっちゃない。

 僕は、一直線にその空間へと体をねじ込む。

 首一つ。

 半馬身。

 一馬身。

 二馬身。

 馬群から突き抜け、先頭に躍り出る。そして、「まっすぐ」前へと進んでいった。

 

 瞬間、競馬場が喧騒に包まれた。

 

    7


 落馬、競争中止。

 僕の戦績には、そんな言葉が刻まれた。


 第三コーナーで他馬を抑えて「まっすぐに」進んだ僕は、そのまま外埒まで突っ込みそうなったところで停止。しかし、その衝撃によって、鞍上の熊谷騎手は落馬。しかも、その際に、外の青毛馬の進路を妨害したとして、制裁金まで払うことに……


 稀代のバカ馬。

 デビュー二戦目にして、僕は、そんな評価を確定させたのであった。

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