アイデンティティ
その日もうつむきながら歩いていた。でも目的地は決まっていなかった。上を向けば青い空がある。快晴だ。空を眺めていると何かが音もなく私の前に落ちてきた。それは青いものでガラスの破片のように見えたが、拾い上げて触ってみるとぶよぶよして柔らかかった。観察してみたが一体何なのかわからなかった。その青いものはどんどん落ちてくる。快晴だった空はいつの間にか雲に覆われつつあった。いやあれは雲じゃない。青いものが欠けたところだ。空は青いものを落としながら白くなっていった。空から空が降ってくる。私は怖くなってその場から逃げ出そうとした。しかし逃げることができなかった。というよりもどこに逃げればよいのかわからなかった。周りを見渡すと、塗り重ねられた絵の具が乾いてキャンパスから剥がれ落ち、色とりどりの空間の裂け目から地色である白が見えてしまっていた。やがて辺り一面が真っ白になった。もう影すらない。私は追い出されたことを知った。