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クリスマス・イブ

作者: 下土肥キイ

 今日はクリスマス・イブだ。

 この日、予定があるかないかは、僕が異性にどのような対象として思われているか、そして、これからどのように思われるか、ということに強くかかわる。また、その予定がどのようなものであるかも同様だ。例えば、ここで僕が、とある異性と一緒にどこかへ向かう、ということになっていたとする。もしそうであり、それをもし他人に話すことが出来たならば、僕は少なからず、女性から、「異性としてみる価値のある人間」として認識されることとなり、また、もしなかったなら、僕は「その価値のない人間」として扱われるのだ。

 無論、僕は前者であると認められたかった。だから、この一年間、僕なりに、どうにかアプローチをしようとしたのだが、どうも僕は、女性が苦手だった。話しかけようとすると、唇どころか舌までも動かなくなってしまう。現に、冬休み前最後の日のことである。

「えっと、ちょっといいかな?」

 僕は、一人の女生徒に話しかけた。名前は恥ずかしいので伏せるが、その子は僕が気になっている女子だった。

「何?」

 彼女は、ボブよりも少し長い髪を揺らし、振り向いて訊き返した。話しかけるときにようやく芽生えた、僕のちっぽけな勇気は、輝かしいその顔を直視した瞬間、すぐに消え去った。

「え、あ……。」

 口ごもる。「今日、予定ある?」この言葉は、見えない重りとなって僕の舌を押さえつけ、動かなくしてしまっていた。

「えっと、ごめんね。もうすぐ授業始まっちゃうんだけど……。」

 目の前の彼女は、ためらいがちに言う。さすがにこのままではまずいと思った。言ってしまえ。もう後には引けないのだ。さあ、言ってしまうんだ。そして、僕は口を開いた。

「ごめんね。何でもない。良く考えてみると、大した用事じゃなかったよ。迷惑かけちゃったね。本当ごめん。」

 たった一つの疑問よりも、長い謝罪の言葉の方が、僕の舌にかかる負担は軽かった。


 結局僕は一人だった。

 有名な、山下達郎の曲である「クリスマス・イブ」が、脳内で際限なく連続再生される。あの日から、何度パソコンの前で聞いたことだろう。何度自分の勇気のなさを恨んだことだろう。とうとうこの日になってしまった。僕は一人きりだった。

 鬱になりそうだったので、気晴らしに散歩に出かけることにした。外はとても肌寒かった。その上心中も、凍てつきそうだった。

 少し歩くと、だんだん建物が都会のようになってきた。大通りが見え、少し先に大規模なショッピングモールが見えた。あちらこちらでイルミネーションが飾られている。それらは、建物の中も強く照らしていた。僕にはいかにも場違いだった。

 気付くと、そこにいる人たちは、殆どがカップルか、夫婦だった。時たま子供連れの家族も見かけるが、それだって夫婦そろっているのだ。外を歩くことすら、僕は辛くなった。歩幅は狭くなり、歩調は遅くなった。どこにいてもつらくなるだけ。

 どこにいても、僕が一人なのは変わらなかった。僕の内心を表すように、空は少しずつ暗くなっていた。いつのまにか、もう夕方であった。


 誰かに好きだと言われたかった。

 最初に、気になる子がいるとは言ったものの、実際、僕はさみしいだけだった。この寂しさ、心中の空虚さを埋めてくれる人がいてくれれば、誰でもよいと、ただ思った。

 誰か助けて。そう思った。去年はどうやってこの気持ちを乗り切ったのだろうか。僕は毎年のこの日に、こんな風に心を削りながら、生きていかなければならないのだろうか。そう思うと、なんだかもう、生きていくことすら辛かった。

 そんな風に思って、近くにあったベンチに腰かけたその時、後ろから声がした。

「あ、ショウじゃん。どうしたの、こんなところで。」

 振り向くと、そこにいたのはアオイだった。

 アオイ。彼女は中学の時、クラスメートだった女子だ。性格は明朗、比較的ボーイッシュで、けれど制服のロングスカートもなかなか似合うような、そんな女の子。総合的に判断すれば、本当にかわいい子だった。

「ああ、アオイか。久しぶり。いつ帰ってきたの?」

 僕は彼女の質問をいったん保留にし、逆に質問する。実は、中学卒業と同時に、彼女は上京し、結構有名な進学校に入学した。だから、中学の時はそれなりに親交があったのだけれど、際立って仲が良い、というわけでもなかったので、二年間という時間経過により、疎遠に近い状態となっていた。

「親に、冬期休業中は帰宅するように言われて、しぶしぶ帰ってきたの。久しぶりに帰ってきたけれど、あまり変わらないね、ここ。」

 彼女は、ちらっと近くの電飾を一瞥し、ため息を吐く。

「ところで、さっきも聞いたけど、ショウは何してたの?」

 軽く流そうとした話題を、彼女は再度復活させた。言いたくない、と一瞬思ったが、久しぶりに帰郷してきた彼女だし、別に虚勢を張ることもないだろうと思い、僕は正直に話すことにした。

「クリスマスなのに、ひとりぼっちだから、さびしくなって散歩に出かけることにしたんだ。」


 言い切るやいなや、彼女は口を両手で押さえた。そして、「プッ」と吹き出した。言うんじゃなかった。後悔したときには遅い。次の瞬間、彼女は周りにも聞こえるような大声で、僕の哀れな姿を笑った。

 ひとしきり笑った後、彼女は笑い涙を両手で拭いながら、僕に訊いた。

「ショウ、高二にもなったのに、まだ彼女が出来ていないの?」

 高2にもなったのに、という言葉が、僕の心に深い傷を作った。良く考えてみれば、彼女は数年前から、結構友達に対し失礼な奴だった。他人のことを配慮なしに笑う。卒業するまでそんな感じだったから、彼女は最後まで、僕同様恋人を作ることができなかった。

「じゃ、じゃあ、お前はできたのかよ!」

 僕は彼女の無礼を見過ごすことはできなかった。長年付き添ってきた相手ならできるが、なんせ一旦疎遠になった相手だ。そんな者にこんな態度を取られたら、たまらなかった。すると彼女は口を開いた。

「いるよ。ショウじゃないもの。」

 クスクス笑いながら言う彼女は、本当に腹が立った。そして、すぐに気付いた。彼女がクリスマス・イブにもかかわらず、「彼氏」を連れていないことに。

「嘘つけ。お前、イブなのに彼氏と一緒にいないじゃないか。実際は僕に負けたくないからって理由で、でっち上げたんだろう。」

 そう言うと、彼女は、「フッ。」と笑い、言った。

「さっき言ったでしょ?冬期休業中だから、しぶしぶここに帰ってきたって。彼氏でも、流石にここまで連れてくるのは可哀想だし、それに、また戻ったときに思う存分どこかにデートすればいいことだもの。」

 彼女の言うことは、妙に真実味があった。否、どちらかというと、彼女の挙動が、その真実味を高めていた。だから、僕は、自分の敗北を実感した。そして、自分がどれだけ可哀想な人なのだろうと、悲しくなってしまった。

「はあ……。」

 溜息がこぼれる。どうだっていいや、という気分になった。これから同じようなことが起ころうが、そうでなかろうが、どうだって良い。そんな、投げやりな気分になっていた。

 すると突然、さっきまで背後に立っていた彼女が、僕の隣へと座った。そして僕の方へと顔を近づける。顔が近い。彼女の白い吐息が僕の顔へとかかった。彼女は口を開いた。

「まあ、今日一日だけ、彼女のフリをしてあげても良いけれど。」


 願い下げ、と言えればどんなに格好よかったであろう。きっと、これが、僕がモテない理由なのかもしれない。だがそれでも、やはり僕はあきらめきれなかった。誰か一人でも、隣にいてほしかった。僕は結局、彼女にお願いしてしまった。

 そして今、僕と彼女は、鬱になる原因の一つであった、ショッピングモールにいた。真ん中には大きなクリスマスツリーが飾ってある。僕は、今日がクリスマスなのだと、痛いほど感じられた。

 だが、それを見ている間に、隣のあいつは、すたすたと先に言ってしまっていた。前方十五歩ぐらいのところで、

「おそいよー。何やってんのー。」

と叫んでいる。ふくれっ面をしていた。これのどこが彼女だよ、とか思いながらも、僕は

「すぐ行くよ。」

と言い、彼女の方へと向かった。

 アオイの歩調は速かった。

 目的地があるのか、ちらりとも見ずに、たくさんの店舗を素通りしていく。ちなみに、彼女の靴はハイヒールだった。だが、スニーカーを履いた僕をおいていくようなスピードで、すたすたと彼女は歩いていく。バランス感覚がものすごい、と背後で僕は驚嘆していた。

 すると、突然彼女の歩調がピタッと止まる。

「どうした?」

 僕は訊いた。彼女は、右側の店舗を見ていた。何を見ているのだろう、と目をやると、そこは、クリスマス用品専門店だった。

「行こうよ。」と、一言だけ彼女は僕に言った。そして、僕の返答を待たず、またすたすたと中に入っていった。

 僕はやれやれと思いながらも、その後に続いた。


 そこには、可愛らしいグッズがたくさん置いてあった。だが、客は見たところ余りおらず、視界に入ったのはせいぜい二、三人というところであった。その中にアオイはいなかった。

 どこへいったのだろう?棚の間を一つずつ探してみると、ぬいぐるみコーナーらしきところで、彼女は見つかった。

 彼女は、スノーマンのぬいぐるみを「抱えて」いた。そう、握って、ではなく抱えていたのである。彼女の持っていたのは、新生児ぐらいの大きさの、とても大きなぬいぐるみであった。

「アオイって、そういうの好きなのか?」

 僕は素直に訊いた。先述の通り、中学の時のアオイはボーイッシュな女子で、正直そういう女の子らしい姿を見せたことはなかった。だから、その姿は僕にとってとても新鮮だった。

 だが、彼女は、視線をぬいぐるみから僕の方にむけると、ぎょっとしたような顔を見せ、

「ち、違う!ショウも、こういうの買えば、もしかすると彼女が出来たりするかもしれない、とか馬鹿な考えを頭の中に浮かべていただけ!まあ、そんなことありえないし、無駄な妄想ね。」

 いちいち苛立つことを言ってくる奴だった。だが、ここで突っかかってもしょうがないと思い、

「そうかい。じゃあ、こいつをプレゼントすれば、そこそこ好感をもたれるかもしれないってことだな。」

と言って、そのまま、棚に置いてある同じぬいぐるみを手にした。間近で見ても本当にでかかった。だが、確かにそれは、女子ウケしそうな、可愛らしい容貌、容姿をしていた。なるほど、一理あるかもしれない。そう思った。まあ、彼女自身は言ったことを否定していたが。

 だが、値札を見たとき、僕は驚愕した。

 五千円。

「いやいや、これはいくらなんでもぼったくりだろ。」

 僕は思わずつぶやいた。すると、アオイはそれに憤慨して、言った。

「ショウ、最近のぬいぐるみの相場しらないでしょ?ぬいぐるみって結構高いの。これでも普通だよ。」

 いや、わけがわからない。たかが愛玩遊具にここまで支払う感性が、僕には理解できなかった。

 だが、これは、アオイのおすすめらしい。ということは、ある程度女子に受けやすいものだということだ。少なくとも、僕が選んだものよりは。

 所持金を確認する。七千円と小銭が少し。お年玉で増やすまでは、僕の全財産の総額である。いつもなら、もっと冷静になるのだが、今日の僕は、世の人々の雰囲気にあてられて、必死になっていた。

 次こそは、誰かと一緒にいたい。その気持ちが、僕の理性を狂わせていた。

「買ってくる。」

 僕は、ぶっきらぼうにアオイに言った。

「え?いや、いいよそんな。そこまでしてもらわなくても。」

 どうやら彼女は何か勘違いをしているらしい。僕はすぐにそれを訂正した。

「は?いや、アオイのじゃないって。誰か気になる子にあげよっかなーとか思っているだけだ。」

 僕がそう言うと、彼女は、顔を真っ赤にした。やはり勘違いしていたらしい。彼女は、

「べ、別に知ってましたよ!ショウからもらったものなんて、嬉しくないからそこまでしなくてもいいよってことだよ!勘違いすんな!」

ここまで来ると、僕はもう、彼女の言葉に何も苛立たなくなっていた。むしろ少し、うしろめたさを感じた。相手の勝手な誤解だとしても、まあ、期待していたのだし、何か代わりに買ってやってもいいだろう。そう思い、何かないかと視線を泳がすと、そのぬいぐるみの棚の近くに、それを縮小したような、小さなぬいぐるみがあった。取ってみると、それはキーホルダーだった。後ろを見ると、五百円と書いてある。残りの所持金でもどうにか足りた。

「これを買ってやるから、怒るなよ。」

 なんとも恩着せがましい言い方だったが、さっきまで、彼女も僕をバカにしていたのだから、お互い様だろう。彼女は、一瞬嬉しそうな顔を浮かべた。だが、すぐに顔をしかめて言った。

「怒ってない。」

 買ってもらうことに、悪い気持ちを持ってはいないようだ。

 素直じゃない奴。僕は正直にそう思った。


 結局、彼女は眺めていただけで、何も買うことはなかった。いったい何をしたかったのだろうと思い、訊いてみたが、

「今日は持ち合わせがなかっただけ。」

という返答しか返ってこなかった。それは、キーホルダーをあげた後も同じだった。餌付けのようにはできなかった。

 外に出た。彼女に会う前に、もう暗くなりつつあった空は、今となっては、穴の開いたカーテンを閉じたかのように、暗闇の中に、きらきらと光る複数の星があった。

 だが、その光も、この時期の電飾にはかなわない。いくつもの建物が、多くのきれいな光を輝かせ、客の目を引き付けていた。

「目が疲れる。」

 アオイは、ぼそっとつぶやいた。何とかしろ、とでも言いたげだ。しかし、そんなことを言われても、僕にはどうすることもできない。

 中学の時には、電飾どころか、街灯すらなかったのに……。

「あ!」

 僕は声を上げた。隣の彼女は、驚き、僕の顔を見た。

「どうしたの?」

「まだ、少し時間あるか?」

僕は大きなぬいぐるみを抱えて言う。彼女は腕時計をちらっと見て、

「まあ、大丈夫だけど。」

と言った。

「じゃあ、ちょっと来て。」

 僕は、右わきにぬいぐるみを抱え、彼女の右手を左手でつかみ、引っ張って、バス停へと向かった。


 僕の残りの所持金は、千五百円ぐらい。そして、目的地までのバスの運賃は四百円だった。二人分払ってもどうにかなる。どうやら、帰宅途中らしく、乗客は普段よりも少し多かった。だが、僕らの向かう先に近づくにつれ、人数が、少しずつ減っていった。そして、二つぐらい前の停留所で、乗っている人は、僕とアオイの二人だけになっていた。

 アオイは、何度も何度も、

「ねえ?どこに向かっているの。」

と聞いてきた。

「ついた時のお楽しみさ。」

 僕は、その度にこう言っていた。そのうち、彼女は訊いてもしょうがないと思ったのか、何も言わなくなっていた。

 そんな中、目的地に着いた。

 そこは、いかにも田舎、という感じの山の中だった。街灯はなく、周りは木々で月光も少ししか入ってこない。ぎりぎり、相手の顔が判断できるレベルだった。

「こっちだ。」

 僕は再度、彼女の手を引っ張った。彼女はもうあきらめたらしく、黙って僕についてきた。

 すぐ近くに階段があった。すたすたとそれを上ろうとしたところ、彼女が、「待って。」と言った。僕は振り向く。

「私、ヒールだから上れない。」

 彼女はそう言った。さっきまで走っていただろう、と言いたかったが、よくよく考えてみると、階段を上るのは、確かにきついということが分かった。

 だが、ここを上らなければ意味がない。どうしよう、と悩んでいると、彼女がまた、ぼそっとつぶやいた。

「おぶっていいよ。」

 僕はこの時初めて、同年代の女子をおんぶした。


 スノーマンは、彼女に持ってもらった。二つを持つのは結構大変だったからだ。正直、人を背負う、という時点で僕は少し不可能なような気がした。

 だが、思った以上に彼女は軽かった。高校に入ってから運動をあまりやっていなかった僕ですら、彼女を背負うことは結構容易だった。

 階段は少し長かったが、それでも、体力をひどく持っていく、というほどではなかった。途中、彼女が僕に話しかけてきた。

「重くない?」

「全然。むしろ軽い。運動とかやっていなかったの?」

 僕は彼女に訊く。中学の時の彼女は、運動を良くやっていたので、それなりに筋肉がついていたはずだ。だが、今の彼女は、そんな風にはとても感じられなかった。

「進学校だからね。勉強の方が大変だから、運動なんて体育以外は久しくやってないかも。部活も文化部だし。」

「文化部か。」僕も同じだよ。そう言おうとしたその時、僕は、最上段を踏んだ。

 ついたところは、とある山の頂上である。そこにあったのは、僕と彼女の思い出の場所。

 中学校だった。


 冬なので、空気が澄んでいるらしい。それに、さっきのショッピングモールよりも標高が高く、また、地上には、何の光だろうか、校舎から光る赤い光以外光源は何もなかった。

 だから、空には、輝く無数の星たちがあった。何もなさそうな空間も、目を凝らせば明度が少し低い星がまだある。それが不規則に散らばり、様々な正座を織りなしていた。

「きれいだな。」

「そうだね。」

 最上段の上で、僕は棒立ちになり、そして彼女は僕の背中におぶさりながら、その空を眺めていた。しばしの間、沈黙があった後、

「もう、いいよ。」

と彼女が言った。そして、ゆっくりと僕の左側へと降りた。彼女は、手に持っていた大きなぬいぐるみを僕に返した。

 やはりハイヒールでも器用に、彼女は僕の隣に立った。僕はその姿を、今になってまじまじと見た。月光が照らす彼女の顔は、まるで花のように、美しく、可憐であった。

「ありがとう。」

 僕は思わず言ってしまった。彼女は少し驚き、空から僕の方へ視線を移した。僕は続ける。

「アオイのおかげで、僕は今日、辛い思いだけで終わらせるということにはならなかった。正直、感謝してる。今日一日、彼女やってくれてありがとう。」

 アオイは、戸惑っているようだった。視線を地面に落とす。

 気まずい沈黙が続く。どうしようか、と僕は考えていると、ふと僕が右手につかんでいたぬいぐるみに目がいった。

「これ。」

 僕は彼女にそのぬいぐるみを近づける。

「あげるよ。どうせ僕はうまく使えない。多分、誰かにあげることなんて、出来っこないさ。いらないから、お前にやる。」

 そう言った後、僕は、自分も、素直じゃないなと思った。彼女は、

「でも……。」

と少しためらっていた。全く、こいつも素直じゃない。僕は彼女に押し付けた。そして言った。

「あーそうだな。じゃあ、僕の家、こういうの処理に困るし、お前処理しといてくれよ。どう分別すりゃいいかわからないからさ。」

 ここまで言うと、彼女は、最初に会った時のような、悪戯っ子のような微笑みをみせた。そして、

「やっぱり、ショウはだめだね。いつになってもダメな男。そんなんじゃモテるはずがないよ。」

と言って、受け取った。そして、次の瞬間、彼女はバランスを崩した。危ない、と抱えたその時、彼女は、

 僕の頬に、キスをした。

 突然の予想外な行動にあっけにとられていた僕を尻目に、彼女は、「じゃあね。」と言って、階段をすたすたと降りて行った。

 降りる際、彼女は、ハイヒールを脱いでいた。


 服のポケットに何か異物感があった。

 まさぐってみると、そこには、僕がアオイにあげた小さなスノーマンがあった。



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