一話目:山中
注意書き
:この作品はTS(性転換)要素を含みます。
肌寒い風が服の間を通りぬける。
覚醒しない意識のまま目を開けず風の入り口を塞ぐように服を整える。
いつの間にか布団を蹴っ飛ばしたのか近くに手を伸ばしても何も無い。
心の中で「ちぃっ」と眠い中起こされる事に悪態をつきながら布団を探そうと右手を地面に付けて起き上がる。
「んー?」
起き上がる時に地面に触れた時、柔らかい土と草の感触があった。
目を開くと愛用の眼鏡を付けても付けなくてもよく見えないであろう暗闇の中、周りが夜の森で、太い石畳の山道沿いである事はわかった。
どこだ?ここ。
長時間寒い所で寝ていたからなのか体がガタガタ震える。
着ている持ってた覚えの無い肩から足元までの長い厚いコートの様な服を再度整えて、横のちょうどいい所に転がっている木の箱に座る。
気分の悪い目覚めから完全に目が醒める。
目の前に道があるし、これを下っていけば帰れるだろうけれど。ここに居る理由が思いつかない。昨日も特に変わりのない一日だっただろうし、趣味の山巡りだって最近は計画もしていない。そもそも自分がこんな所に来るのに裸足で、しかもこんなに寒い格好、装備も無しに来るわけがない。
……攫われた?いや、何で?
人肉目的や臓器目的の都市伝説紛いの目的ならこんな所にほおって置かないだろう。
じゃあ恨みか何かで眠っている間に山に放置して餓死でもさせようってか?道の前に放置はしないか。
酔って山奥まで来ちゃったのか?でも俺は滅多に飲んでいないハズだ。
それでは何だ?夢遊病か?家からは車で2時間の範囲じゃないとこんな山道は無いはずだ。
そんなに長い事なんてあるのか?
記憶も無く真夜中の山の中に居る非日常感からの恐怖からか自分が自分じゃ無いような、自分はもう死んでて化けて出てるのではと思ってしまう。
いや、そんなわけが無い。そんな冗談の様な関係の無い事を真剣に考えるあたり、思ったよりも混乱しているのかもしれない。
寒さにやられたのか全身の感覚も無いし、もう少し横になって温まってから下山しよう。裸足で歩くのも辛いだろうし、日が出たら靴とか眼鏡とかが転がっていないか探してみるとしよう。
可能な限り服の中に足の先まで体を詰めて服の中で体育座りの様な体型で温まる。
寒くてとても眠れそうに無いが裸足とコート一枚で下山するのは無理だろう。
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風が強くなってきてとても動こうとは思えなくなってきた。一時間は経っただろうか?こういう時の時間間隔はあてにならない。案外5分も経っていないかも知れない。思考がネガティブな方向へ向くが、「まだ1時間くらいだと思っていたのに夜が開けた!」となったほうがマシだと思うので深くは考えない様にする。
サー…という葉が風に揺られる音を聞きながら時間が過ぎるのを待つ。いつも通り0時頃に寝たのならその2か3時間後位から後にここで倒れてただろうから、ここに着いて倒れてすぐ起きたとして4時頃だと思うのであと2時間もすれば明るくなってくれるだろう。たぶん。
あと、どの位寒さに耐えればいいんだろう。たぶんあと二時間くらいで朝だろう。60秒×60×2で7200秒。秒数にしてみると大した事は無いなと思い1、2、3、4・・・と耐える時間が変わるわけでも無い無駄な計算をして数字を数える。
100秒数えた所で72分の1、あと72回。200秒数えた所で36分の1。分母が小さくなるだけで待ち時間は変わらないが気分は楽になる。
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800か900を数えたあたりで不意に近くから砂利道を歩く足音が聞こえる。
誰か人が来たのか?助けを呼ぼうかと思ったが、この真夜中に山を歩く人になんか助けを求めて大丈夫か?それに熊とかかも知れない。
一応様子見するために悴んで感覚の無い手足を無理やり使ってなるべく静かに起き上がり少し道から外れた茂みに隠れる。少し雑草が濃いけれどこの寒い時期に気味の悪い虫共が体を登ってくる事は無いだろう。
鳥目なわけでは無いが山道沿いの木が大きく月明かりが差し込まないからか殆ど見えない。
木の陰に隠れてから音の聞こえてくる道の下り方向の様子を見てみるとチラチラと二つの光が見える。
懐中電灯や車のライトの様なクルクルと光の方向が変わる様なライトでも無いし光がふわふわと強弱してるのでランタンの様な全方位のだろう。これで人であることは分かった。
もうかなり近い様で何を言っているのかまでは聞き取れないけれど話し声は聞こえてくる。
片方の光がこっちに向かって走ってくる、片方が置いていかれた様で少し後を着いてきてる。
ヤバい見つかったか?
「おい、どうした?」
「いや、何か動いたみたいだったからさ」
「狸だろ。それに今探してるのは棺桶だろ? 放っておけよ」
あ、コイツらヤバイ。あっち系の人だ。
「なんだよ、狸かわいいじゃん」
「それどころじゃねぇっての。それに帰ったら犬が居るだろお前の家、友達の遺体が無くなったのに脳天気だな」
「あの角の生えた紅い目の生き物を犬と呼ぶか…… お、おい見つかったぞこれだろ棺桶」
「あぁそれだ。途中で落としちゃってごめんよ」
おい、さっき腰掛けた箱って棺桶かよ。
「おい! これ中身無くないか?」
そう言いながら脳天気そうな男は片手で棺桶を上下に揺らしてアピールすると上下をひっくり返した。
「は? 釘打ってあったはずだぞ? 何で蓋が外れて……やべぇこれが落ちてるならここなら近くに転がってるよな? 探すぞ!」
やばい。今探しに来られたら間違いなく見つかる。
というか棺桶に入れられてたのは俺か?死んだと思ってたけど実は生きてたってアレか?
とは言え今そこに居る二人組は知り合いじゃあない。
しかし盗み聞きしていた限りだと危険な奴らと言うよりは違和感はあるがそこらの若者の様な気がする。
危険な奴らかもしれないのにこのまま見つかるのも怖い。
この車一つ通らない山道で足音を聞かれずに走って逃げる事なんて出来なさそうなので少しづつ、音を立てない用気を使いながら森の奥の方へ匍匐前進で進む、も脳天気そうだった男がこっちの方へ走ってくる。
再度近くの草むらに紛れて気配を殺す。逃げる隙が無かったが隠れてたらその友達の遺体とやらを先に見つけてくれて見つからないかも知れない。
苦労も虚しく男の足音はまっすぐこっちへ向かってくる。
「うわっ!」
突然後ろから大声を出されて体がビクっとなる。
「おい、お嬢ちゃん大丈夫か!?」
脳天気そうだった男が必死そうな声で叫んで、伏せて隠れていた俺の肩を揺さぶってくる。
見つかった!やべぇと思ったが、普通にこっちの心配をしてくれてるみたいなのでまともな人だったんだろう。
お嬢ちゃんって何だ?伏せてるとは言え髪が伸ばしてるわけでもないのに男女間違えられるなんて小学生以来だ。
体を起こして寒さで歯もガタガタなりながらも何とか返事を返す。
「た、だ、大丈夫で、す」
なんとか返せたものの、声が変になってしまってる?まるで自分の声じゃあないように
顔を上げ男を見ると引きつった顔で目をまじまじと見てくる。
嫌な顔をしてるのでやっぱり狙いは俺だったのだろうか?
驚いた様子の男がこっちと熊と居合わせたかのように目を合わせたまま一歩下がる。
「きゅ、吸血鬼……」
男がそう言うと頭を思い切り強く殴られた。
とっさの出来事に避けようも受け止める事も出来ずに倒れこむ。
「いっ…行き成り、ぐぅ!?」
行き成り何しやがると言おうとした途中で体の上にダイブされ、両手を後に回されて身動きが取れなくなる。足をばたつかせて抵抗しようにも上に乗っかられて全く動けない。
「動くな! おい、ロープ持ってこい! 早く!」
「は? わ、わかったちょっと待ってろ」
くそ、やっぱりコイツら人さらいか何かだったのか?
叫んで他の人に助け呼ぼうにも口を抑えられてるし山奥にコイツら以外が居るとも思えない。
全く動けないとはいえ大人しくさらわれるのも癪なので暴れてみるが全く動かない。
「魔物か? ってお前何やってんだ!?」
「吸血鬼だ! いいから縛るの手伝え」
会話聞く限りはコイツらは危険なカルト教団か何か薬中か?
生贄か何かで殺されろうな気がするがやっぱりビクとも動かない。
ロープで両腕を後ろに関節が曲がっちゃイケないくらい上がった所で縛られる。
「棺桶に入れて連れていこう。このままじゃあ人さらいに見られるだろ」
人さらいだろテメーら異教徒は人間じゃあありませんみたいな思考か?
うつ伏せでどうなってるか分からないが両足を捕まれ連れて行かれそうになってじたじたを蹴って必死に抵抗する。時間稼ぎにしかならないことはわかっているけど。
「暴れるな!」
後頭部に二度目の攻撃を食らって視界が歪み、そのまま意識がフェードアウトしていった。