赤
赤
抑えきれない、激情
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奈緒子が去った後、僕のなかはドロドロと渦巻いていた。
僕は走っていた。
廊下、階段…3組。
バンッ
音が立つほど勢い良く戸を開けると、教室の一番後ろの席の近くに、1人立っていた。
期待通り…いや、願望通りの探していた人物。
僕は名を呼んだ。
「一条夕嘉。」
「なんだ?」
一歩、一歩。
ゆっくり近づく。
「あんた、金持ちなんだってな。」
「…まあ、そうだ。」
彼女は否定しなかった。
僕の中でもやが渦巻く。
「あんたは、今まで僕を嘲笑っていたのか?」彼女は何も言わない。
黙ってゆっくり近づいていく僕をただ見ている。
「どんどん落ちていく僕を、観察っていう名目で見て、笑っていたのか?」
僕が目の前に来て、彼女はようやく口を開いた、
「…私は君など見たところで何も喜びなど感じない」
「嘘だっ!」
ドンッ
次の瞬間、僕は彼女の軽い体を床に押し倒していた。
黒い髪がぱさりと広がる。
「嘘だっ…!」
ぐるぐる、渦巻く。
嘘、嘘、嘘。全部嘘。
僕の手が勝手に彼女の細い首を掴んだ。
手に力がこもる。
「っう…!」
彼女が少し漏らした苦鳴に僕は我に返った。
白い頬は夕陽とは別の赤みを帯び、眉を少し寄せて。
苦しげに、薄っすらと開いた瞼から覗く瞳と目が合って僕は飛びのいた。
「あ…。」
自分のやったことが信じられない。
未だ、僕の掌には彼女の体温が残っていて、僕は熱を逃がすように手を握ったり、開いたりした。
放心したような僕の前で、彼女が激しく咳き込みながら身体を起こす。
少し呼吸が落ち着いてから、彼女は少し嗄れてしまった声で言った。
「君は家庭が不幸、だったな。」
声が出しづらいのか、少し間を明けてから続ける。
「私には君の家庭が不幸かどうかよくわからない。私の家も、普通とは言い難く、私はそれについて何も感じたことがないのでな。」
立ち上がった彼女は鞄をとった。
きっとその真ん中の列の一番後ろが彼女の席だろう。
横顔を夕陽に晒したまま、彼女はふと、身体の前で手を開いた。
夕焼けに、オレンジに染まる掌を見る彼女に僕は見入る。
「…夕陽。橙。
激情の赤とは少し違うな…」
その手を握り締めると、彼女は僕の方を向いた。
「あえて言うなら人とのつながり、といったところだろうな。」