桃
桃色
惑わされると、非現実
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11月。
突然、僕の日常に1人、増えた。
須東 奈緒子。
明るく、染めてある茶色の長い髪を横で一つに縛っているのをよく見かける。
「篠塚君って謎だよね。何考えてるか、わかんない。」
そう隣の席で頬杖をつきながら、彼女はそういった。
「そう?」
「うん、でもそういうところ、篠塚君らしいと思うよ。」
…なんていうか、ミステリアス?
そう付け加えて、奈緒子はにっこり笑った。
それから、僕が奈緒子といる時間は長くなった。
僕は奈緒子と、俗に言うカップルになった。
奈緒子はよく笑い、怒り、感情の起伏が激しかった。
一緒にいる時間は家庭の事も、いろいろ忘れていられた。
最近、父さんは帰ってこないことが多くなっていた。
喧嘩の声が聞こえなくなった代わりに、母さんが僕に話しかけることもほどんど無くなった。
だから、僕は確実に救われていたのだ。
人と触れ合うことに。
そのくせ、僕は何故か、欠かさずベンチに行った。
当たり前のようにベンチに座って居た一条夕嘉は少しだけ明るくなった僕をどんな目で見ていたのだろうか。
決して尋ねなかったが彼女のスケッチブックを覗いてみると、水色や桃色で彩られていた。
ただ、それは突貫工事だったのだ。
いそいで形をつくりあげて、それにすがって。
僕は作り上げるのに必死すぎた。
付き合ってから一ヶ月たった12月のある日。
僕は彼女に渡すモノを持っていた。
彼女にプレゼントをあげたことは何回かある。
今日は透明なガラスの細工のあるブレスレット。
彼女の細い腕に似合うと思う。
だが、彼女はすでに僕を見ていなかった。
「別れましょ。」
そういった彼女を前に僕は固まった。
「え…なんで…。」
彼女は眉を上げた。
「そもそも、本気で付き合ってたの?」
「嘘で付き合ってたのか?」
彼女は腰に当てていた腕を組んだ。
「だって最初はミステリアスって思ったけどただ無口なだけだし。一緒にいて、楽しくないし。」
僕は裏切られた。
彼女は僕の事を好きではなかった。
僕はそれなりに好意を持っていたのに。
「貢がされてたってことなのか…」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよね。あんたは私に好きであげてたんでしょ?
でも、私もう篠塚君のこと好きじゃないし。」
じゃあ、いままでの笑顔は…全部
「嘘つき。
僕はやりきれない思いとふつふつと怒りが湧いてきて奈緒子をにらんだ。
そんな僕に少しだけ後ずさりながら目は挑戦的に僕を睨んでいた。
「なによ、別に嘘なんかいってないし。」
奈緒子は思い出したように不意にせせら笑った。
「それによく考えたらあんただって同じじゃない。お嬢様にたかっちゃってさ!
月いくら貰ってんのよ。」
一瞬、面食らって怒りすら忘れた。
奈緒子の言葉が理解出来ない。
「は、なんのこと…?」
「とぼけないで!あんたよく一緒にいるじゃない、3組の一条さんと!」
一条。その名前の知り合いはただ一人。
「一条…夕嘉。」
「そうよ。あんな豪邸に住んでるんだからお金持ってないわけ、ないわ!
どうせ、あの女に貢がせてたんでしょ?」
彼女が金持ちだったこと自体、初耳だ。
僕は動揺を隠せなかった。
「そんな、僕は、彼女は、そんなこと…。」奈緒子は決めつけた。
「嘘よ!じゃなきゃ、なんで一緒にいるのよ。」
彼女は半ば叫ぶように言った。
「世の中金なのよっ!」
ピキピキと心にヒビが入る。
かろうじて僕は絞り出すように声を出した。
「…君とはもう、別れる。」
奈緒子は苛立ちを隠さなかった。
「こっちのセリフよ。
あんたがそんなに役に立たないとは思わなかった。」
彼女はそう言って僕に背を向けた。
トサッ
僕の手から箱が落ちた。