1年生6月 借り物にならない
今日は体育祭だ。六月だけどすっきりと青空が広がって蒸し暑い。
今わたしと薪切君は木陰にシートを敷いて二人で一つの重箱のお弁当を食べている。ちなみに全部薪切君の手作りだ。たまご焼きは程よく甘くふわっとしていて、塩味の鶏のから揚げはパリッとしている。俵型のおにぎりの具は梅干しとおかか。どれもとても美味しい。
「わたしの親は仕事が忙しくて来られなかったの」
わたしが言うと、薪切君は食べ物を飲み込んだ。
「うちもだ。今日は稼ぎ時だからな。体育祭を観に来る人が弁当を買っていってくれる」
なるほど、学校の近くのお弁当屋さんはイベントのときによく売れるんだ。忙しいのに、薪切君はわたしのためにこんな立派なお弁当を作ってくれたの? 嬉しいな。
わたしはそばに置いてあったプログラムを見た。
「薪切君は借り物競争に出るんだっけ」
ちなみにわたしは午前中の玉入れで苦戦をしてきた。
「ああ」
「何が借り物か楽しみだね」
「簡単なのがいい」
ああ、薪切君って何でも深く考えるもんね。『お姉さん』なんていうのに当たったら、実の姉じゃないといけないのか、誰かの姉ならいいのか、そうでなくてもそれがどのくらいの年齢がそうなのか考えているうちに負けちゃいそう。
食べ終わると、薪切君は別の箱を出した。
「デザート」
薪切君がそう言って開けると、さくらんぼがたくさん入っていた。
「わあ、綺麗だね」
「産地直送だ」
そう言いながら薪切君はさくらんぼをつまんで口に入れた。
昼休みが終わって、薪切君は借り物競争の集合場所に向かっていった。わたしは応援席の最前列に座る。すると、隣の席にクラスメイトの菫野さんが座った。
菫野さんは古い言い方をすればクラスのマドンナだ。綺麗で上品で優しい。前髪を真ん中で分けていて、後ろ髪は腰まであるから平安時代のお姫様みたいだ。ショートヘアのわたしには憧れる。
「倉本さん」
柔らかい声で菫野さんに話しかけられた。ちなみに倉本というのはわたしの名字だ。
「はい」
なんか、緊張するな。
菫野さんは微笑んだ。
「次は彼氏さんが出るわね」
……え?
「薪切君と付き合っているんでしょう?」
あ、勘違いされてる。
「ううん、ただの友達だよ」
慌てるわたしを見て、菫野さんはすごく驚いたようだ。
「そうなの。ごめんなさい、あんまり仲良くされているからそうだと思って。それに、みんなそう噂しているし」
そんな噂が広まっていたとは知らなかった。
「だから、薪切君を好きな人たちはみなさんあなたのことを羨ましがっているわよ」
薪切君を好きな人がいるんだ、かっこいいけどあんなに怖い雰囲気してるのに。あ、これは薪切君に失礼か。
そんな話を聞いているうちに、借り物競争に出る人たちがグラウンドに出てきた。
最初は女子の番。グラウンドの端に並ぶと、スターターピストルの合図で中央めがけて走る。すると体育祭で定番の曲『天国と地獄』がかかった。そして女子は伏せて置いてある大きめのプラカードを取ると、そこに書いてある課題の借り物を確認しそれが何かみんなが分かるようにそれを持って観客席や応援席に走り寄った。
「日傘を貸してもらえませんか?」
ああ、わたしにはこれはできないな。当たらなくてよかった。
「校長先生はいませんか?」
借りるものはみんな違うみたい。というか校長先生って。
借りられた人は中央のゴールへ走る。
借りたものを返して女子の番が終わると、次は男子の番。そして最後の薪切君たちの番が回ってきた。
スターターピストルの合図でみんなプラカードを取りに行く。薪切君は群を抜いている。わたしと菫野さんはそれを目で追った。
薪切君がプラカードを取った。何て書いてあるんだろう。薪切君が書いてあるものを確認すると、こちらに向かって走ってきた。
書いてあるのは、『クラスの女子』。
これ、有利すぎない?
「菫野、来てくれ」
薪切君はわたしたちのところに来ると、菫野さんに手を差し伸べた。
あれ、わたしじゃないの?
菫野さんも戸惑ったみたいで、わたしのほうを見た。
「菫野」
薪切君がせかすと、菫野さんはロープをくぐって付いていった。二人とも足が速くて一位でゴールし、応援席と観客席で拍手が起こる。
なんでわたしじゃなかったんだろう。
借り物は『クラスの女子』。菫野さんを連れていくのは間違いではないけど、わたしを連れていくと思ったのに。
……もしかして、女子として認識されてない?
それは許せない。帰って来たら文句を言おう。
しばらくして、薪切君が帰って来てわたしの隣に座った。
「一位、すごいね」
「ありがとう」
わたしは笑顔を作って聞いてみる。
「それでね、なんで菫野さんだったの?」
「え?」
「わたしでもよかったのに」
すると薪切君は不思議そうにした。
「それじゃだめだろ。お前は俺の友達だから、借り物にならない。その点、菫野は友達じゃないから借りられる」
……なるほど、薪切君ならそう考えてもおかしくないな。女子として認識されているかは分からないけど、もういいや。
そこに菫野さんが来て、薪切くんの隣に座った。
「薪切君、足が速いのね。かっこよかったわ」
菫野さんの方を向いているから顔が分からないけど、薪切君今きっといつもの無表情だろうな。
「ありがとう」
「ねえ、どうしてわたしを連れて行ったの? てっきり倉本さんを連れていくと思ったわ」
うんうん、そう疑問を持つのは当然のことだよね。
「菫野の方が足が速そうだからな」
えっ?
「あら、そんなこと言っちゃだめよ」
そう言いながらも菫野さんは嬉しそうに笑う。
待って、どっちが本音でどっちがお世辞なの?
……まったく、わたしの友達は何を考えているのか分からない。