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薪切君  作者: 氷雨 栞
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1年生5月 はんぶんこのオムライス

 五月上旬のある日、六限目の授業が終わり帰り支度をしていると薪切君がわたしの席までやってきた。

 薪切君とは四月から一緒にお弁当を食べる仲になっていた。食べながら料理の作り方を教えてもらったりもしている。

薪切君は無表情でわたしを見下ろした。怖い……。

「一緒に部活に入らないか?」

「部活?」

 奇遇、わたしもどこかに入部したいと思ってたんだ。

「何部なの?」

「料理部だ」

 おお、薪切君にぴったりの部活。それにわたしも薪切君と料理がしたいな。

「うん、入る!」

 薪切君は珍しく嬉しそうに笑った。

「部員は何人いるの?」

「いない。だから入部したら俺たちだけの部活になる」

「そうなんだ」

 プロの薪切君から付きっきりで料理を教えてもらえるかも。うん、それはいい。

「明日の放課後は空いてるか?」

「空いてるよ」

「じゃあ今日入部届を担任に出して、明日の放課後にエプロンと三角巾を持って調理室に来てくれ」

「わかった」

 わたしは薪切君が差し出した入部届の用紙を受け取る。

「じゃあな」

 そう言って、薪切君は一人で教室を出て帰って行った。

 明日が楽しみだな。


 次の日の放課後、調理室に行くとちょうど薪切君も来たところだった。

「ああ、今鍵を開ける」

 薪切君が鍵を開けて入ると、わたしも続いて入った。戸を閉めると急に静かになる。

 そのあとエプロンを着て手を洗い、冷蔵庫から材料を出して調理器具を揃えた。

「何を作るの?」

「オムライス」

やった。オムライスはすごく好き。美味しいし、玉子の上にケチャップでハートを描くのも楽しいし。

「じゃあ、下準備をしたら先に俺が作る」

「わかった」

 じゃあよく見ておかないと。

 二人で鶏肉を切ったり、たまねぎをみじん切りにしたり、えんどう豆をゆでたりして下準備が終わると、薪切君はフライパンにサラダ油を入れて火にかけた。鶏肉とたまねぎを炒めたりして、オムライスを作っていく。その手際のよさに、プロだなぁと思わされる。

 最後に溶かした玉子をフライパンに広げて、半熟にするとケチャップと具を混ぜたチキンライスを乗せ、包み込むようにお皿に返し、ケチャップをかけた。

「美味しそう」

「ありがとう。次にお前が作ったら、半分ずつ食おう」

「そうだね」

 人に食べてもらうものを作るのは緊張するな。

 火にかけたフライパンで慣れない手つきでたまねぎを炒める。

「それくらい炒めたらいい。次は鶏肉」

 薪切君がずっと横について教えてくれる。これなら上手にできそう。

 最後に玉子。なんとか半熟にできたから急いでチキンライスを乗せた。でも難しくてどうしてもお皿に返せない。

 すると、薪切君は後ろに回ってわたしの持つフライ返しとお皿を持った。頭の上から声が降ってくる。

「手伝う」

「ありがとう」

……でも近いよ、薪切君。

 そうすると、とても見た目がいいオムライスになった。ケチャップをかけて完成。一気に緊張が解けた。

 半分ずつ食べることになっていたから、まずお互いのオムライスを交換して机に置く。

「あとは味だね」

「ああ、そうだな」

 隣同士に座り、二人で手を合わせる。

「いただきます」

 スプーンを手に取り、オムライスを半分に分けてから食べる。

 半熟の玉子が少しとろっとしていて、中のごはんの炊き加減も味も最高。すごい。

「すごく美味しいよ!」

「ありがとう」

 そう答える薪切君のお皿を見ると、オムライスはまだ食べられていなかった。

 食べながら様子を見ても、やっぱり食べない。

 薪切君はじっとわたしが作ったオムライスを見つめている。なんでだろう。

 理由を聞き出せないうちに、わたしは薪切君のオムライスを半分食べてしまった。それでもやっぱり薪切君はオムライスを見ているだけだ。

 チキンライスは味見して美味しかったし、玉子も焼きすぎてないはず。見た目も薪切君に手伝ってもらって上出来だと思う。もちろんどれも到底薪切君にはかなわないけど、美味しいと思うんだけどな……。

 わたしも自分が作ったオムライスを見つめてみた。ほら、ケチャップのハートも我ながら上手く描けてるよ。

 ……ハート?

 もしかして、ハートを描いたせいで勘違いされてる?

 わああああああ!

「ううん、薪切君、違うの違うの! これは可愛いから描いただけで別にそんな深い意味は……!」

 わたしが必死に弁明していると、薪切君は首をかしげた。

「何のことだ?」

「えっ」

 違うの?

 薪切君は申し訳なさそうにわたしの方に座りなおす。

「食わなくて本当に悪い。でも……」

 薪切君はオムライスのハートを指さす。

「これ、二つに分けたらブロークンハートで失恋の意味になるだろ。ばあちゃんに縁起の悪いことはするなっていつも言われてるんだ」

 そうだったんだ。勘違いされてるんじゃなくてよかった。

「どうやって食うか……」

「失恋って言うけど、薪切君は好きな人はいるの?」

 いなかったら縁起を気にしなくていいもん。

「いない。友人のお前が一人いればそれで十分だ」

 薪切君……。よくそんな恥ずかしい台詞を。嬉しいけど。

「ところでお前はいるのか?」

「わたし?」

「ハートを描いたんだから、割られて一番まずいのはお前だろ」

「いないよ」

 恋なんてしたことない。

「そうか。でもなぁ」

薪切君はまた考え込む。

「あ、そうだ」

 薪切君はお皿を二人の間に持ってきた。

「端から一緒に食おう。これなら割らなくてすむ」

 なるほど。でもそれ恥ずかしいよ。

 ……まあでも嫌ではないな。

「うん、じゃあそうしよう」

 二人でスプーンを持って、薪切君と同じお皿のオムライスを食べた。

「我ながら美味しい」

「だよな」

 薪切君と笑いあう。褒めてもらえて嬉しいな。

 そのあとは薪切君も自分のオムライスを食べ、二人で調理器具と食器を洗って部活を終えた。

「じゃあ帰るか」

「うん」

 調理室を出て、薪切君が鍵をかけ二人で下足室に向かう。

外に出ると、日も傾き涼しい。帰る方向が一緒だから、今日は二人で帰る。

 背の高い薪切君は歩くのが速いはずだけど、わたしに合わせてくれる。優しいな。

「来週、また何か作ろうな」

「うん、楽しみだね」


 今日は美味しいオムライスも食べられたし、料理も上手くなったかもしれないしよかったな。

 でも、ハートの描かれたオムライスをはんぶんこにして食べたなんて他の人に知られたらそれこそ勘違いされそうだ。

 


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