ワールドカップのシーズンはロフトで寝ない
四年に一度の、恐怖体験防止対策
徳田君はフリーライターだ。
1Rのアパート住まいで、寝る時はいつもロフトで寝ている。
夏場とかは暑苦しくて、寝苦しくなるが、それでもまあ、大体ロフトを寝床にしている。
……何故かというと、徳田君は部屋を片づけるのが苦手で、いつも小説やら漫画やら、スーパーのビニール袋やら印刷した用紙類などが散らかってるからだ。
掃除とかもあんまりしない性格で、とにかく部屋の中が汚い。
だから、ロフトに布団を敷いて、そこを万年床にしているのだ。
でも、サッカーのワールドカップが始まるシーズンになると、徳田君はロフトでは寝ないようにしている。
何故かというと――。
徳田君は、サッカーをテレビ観戦するのが大好きだ。特にワールドカップが始まると、それはもう妙なテンションになっちゃうくらいのサッカーオタクだ。
どのくらいはまってるかというと、深夜や早朝の生中継の放送も録画じゃなくて極力リアルタイムで観ようとする。そのために睡眠時間や起床時間もサッカーの放送にあわせる。
寝酒をやったりして無理繰りバイオリズムを調整する程の熱の入りっぷりだ。
だが、そういう生活をワールドカップのシーズン中ずっとしていると、さすがに体にこたえる。
もともと、不規則で不摂生で不衛生な生活をしているのも影響してか、妙に体がだるくなったり、変な夢を見てうなされることもある。
そんな状態が続くので、いつもは気にならないロフト特有の、部屋の上部分にこもる生暖かい空気が不快に感じられてしまう。
だから、ワールドカップのシーズン中は下の床に毛布を敷いて寝るのだ。
いつの大会だったかわすれたそうだが、二徹夜で仕事をこなしたあと、深夜の試合を観るために、目覚まし時計を深夜二時にセットして、寝酒をかっくらって寝た時のこと。
なんとか目覚ましの力で、二時に起き、頭痛に苦しみながらも、徳田君は目当ての試合を観戦した。
が、二日酔いで気持ち悪くなってしまい、トイレで何度か吐いた後、すこし気分が良くなるとすぐに二度寝したそうだ。
その時、シーズン中は寝床にしてないはずのロフトにのぼって、そこで横になったとのこと。
なぜロフトで寝たのか、徳田君にも分からない。
多分、二日酔いと睡眠不足による頭痛や吐き気で、思考力が低下しており、ワールドカップシーズン中以外はずっと寝床にしてる場所を自然に選んだんだろう……とのことだ。
徳田君の寝つきはめちゃくちゃ悪い。
徳田君曰く、いつも酒の力を借りないと寝られないとのこと。
ただその時は、物思いにふけってたらいつのまにか寝ていたらしい。
しかし、それは熟睡ではなく、極々浅い眠りだったようで、徳田君は体を横たえたまま、スーッとまぶたを閉じたかと思うと、フッと目が覚めたり、また眠りに落ちたりと、うつらうつらしていたそうだ。
でも、なぜか重かった頭が冴え渡って、次の瞬間、パッと目が開いたそうだ。
そして、横向きから仰向けに体を動かした時。
天井に、めちゃくちゃ奇怪な虫が張り付いていたのを見たそうだ。
大きさは十センチ以上で、毛虫ような胴体に、長いバッタのような足が何本もはえていて、ムカデのような頭の部分が鎌首をもたげていた。ゲジゲジにも似てたかもしれないとのこと。
ロフトで寝ていているのだから、天井は手を伸ばせば触れるくらい近い。
その虫も当然近い。
しかも、鎌首をもたげてるので今にもポタッと顔に落ちてきそうだったとのこと。
徳田君は、普段は目が覚めても頭が重くて、意識も身体もノロノロしているそうだが、今回ばかりは一気に完全覚醒。
びっくりして飛び起きたそうだ。
即座にロフトから降りようとしたが、そこでふと天井を確認する。
なにもいない。
布団や枕、下の床ほどではないが、周囲に散らかっている本の周りなどを見回しても、それらしい虫の姿はない。
汗をびっしょりかきながら、「あれ? 夢か?」と思ったそうだが、あまりにもハッキリ見たので、夢だとは思えず、カサカサ動いてる虫の姿はないかと何度も何度も確認するが……いない。
それからロフトだけでなく、殺虫剤を構えながら、部屋中を一時間ぐらい捜索したが、それらしい虫は見つからない。
だから、あれは幻だったのだと徳田君は自分に言い聞かせたそうだ。
それ以降も徳田君はロフトで普通に寝ている。
でも、徹夜続きだったり、体調が悪い時や、精神が低調気味だったりする時はロフトを利用しなくなったとのこと。
特に、ワールドカップのシーズンが始まると、ロフトでは絶対寝ないようにしているとのことだ。
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