「無反応の加護令嬢、婚約破棄された夜に愛で目覚める ~同調の加護は、真実の愛にのみ応える
フィオナ、貴様との婚約は本日をもって解消する」
卒業の夜会で、婚約者のクラウス様が声高らかにそう言い放った。
「同調の加護が、何の反応も示さないなど有り得ん。妹のリゼットは、幼い頃から炎の加護で会場を沸かせているというのに。無反応の加護持ちなど、公爵家の恥だ」
隣に立つ妹のリゼットが、勝ち誇った顔で私を見下ろす。生まれつき炎の加護に恵まれ、天才ともてはやされてきた妹と、二十歳になっても一度も加護が反応しない私。比べられるたび、家族の視線が冷たくなっていくのを感じていた。
一度だけ、母に「なぜ私だけこんなに冷たくされるのですか」と尋ねたことがある。母は困ったように微笑んで、「あなたは、しっかりしているから」とだけ答えた。それが慰めなのか、単なる言い訳なのか、私には最後まで分からなかった。以来、期待することをやめ、感情を表に出すことも少しずつ減っていった。
「クラウス様、私を選んでくださって光栄ですわ」
リゼットが見せつけるように、掌に赤い炎を灯した。会場がどよめき、称賛の声が上がる。
「見ての通りだ。無反応の貴様に用はない。今日をもって、婚約破棄だ」
その一言と同時に、リゼットの炎が制御を失い、シャンデリアに燃え移った。
「きゃあっ……!? 消えない、消えてくれないの……!?」
炎は瞬く間に天井を覆い、会場中が悲鳴に包まれる。招待客たちが出口へ殺到し、身動きが取れなくなっていた。
「下がれ、危ない!」
クラウス様が叫ぶが、炎はさらに勢いを増していく。誰も彼もが我先にと逃げ惑う中、私の足はなぜか動かなかった。
その瞬間、背後から誰かが私を強く抱き寄せた。
「怖がらなくていい。俺がついている」
力強い声が耳元で響く。全身を包む温もりに、張り詰めていた何かがふっと緩んでいくのが分かった。
辺境伯家の嫡男、セドリック様の声だった。以前、辺境の視察先で偶然言葉を交わして以来、幾度となく手紙を寄越し、私を気にかけてくれていた人だ。
「加護が反応しないくらいで、あなたの価値は少しも変わらない」
初めてそう言われた時、私は言葉の意味が分からず、ただ戸惑うことしかできなかった。誰かにそんな風に言われたのは、生まれて初めてのことだったから。以来、季節が変わるたびに届く手紙には、いつも私自身を気遣う言葉だけが綴られていた。婚約者がいる私に踏み込むことはなかったが、その気遣いはいつも本物だった。
「あなたを一人にはしない」
抱きしめられた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
「――守って」
気づけば、私たちを中心に淡い光の膜が広がっていた。膜は瞬時に会場全体を包み、炎を内側から鎮めていく。ぱちん、と何かが弾ける音がして、炎は嘘のように消え去った。
「……これは」
誰かが、呆然と呟いた。会場は静まり返り、全員の視線が私に集まっている。
「同調の加護は、誰かに真に愛されて初めて反応する希少な加護だ。大陸でも数十年に一人現れるかどうかの上位加護。……見事だ」
セドリック様が、静かに告げた。
「俺はずっと、あなたの本当の価値に気づいていた。加護のためではない。あなたのそういうところに、惹かれていた」
思いがけない言葉に、頬が熱くなった。会場がどよめく。先ほどまで私を蔑んでいた貴族たちが、次々と頭を垂れ始めた。
「な、なぜ同調の加護持ちが、無能力扱いされていたんだ……」
クラウス様は青ざめ、言葉を失っていた。リゼットは、暴走させた炎の責任を問われ、司祭に連れられていった。
この夜の出来事は瞬く間に社交界を駆け巡った。クラウス様は婚約破棄を撤回しようと躍起になったが、王家からの正式な咎めを受け、次期侯爵の座を一時剥奪されることになったという。かつて私を「公爵家の恥」と呼んだ人々の視線が、今度はクラウス様に突き刺さっていた。
「フィオナ、待ってくれ! 婚約の話は、なかったことに――」
慌てて駆け寄ってきたクラウス様に、私は静かに告げた。
「今さら、私を愛そうとしても遅いですわ」
「そんな、俺は本気で――」
「あなたは私ではなく、加護に用があっただけです。今頃取り繕っても、遅すぎます」
クラウス様は何度も謝罪の言葉を並べたが、その目には保身の色しかなかった。私は、それ以上言葉を交わすことなく背を向けた。
後日、リゼットの加護の暴走は、彼女自身の慢心による制御不足が原因だったと判明した。妹は加護を一時的に封じられ、王都の療養院で謹慎させられることになったと聞いた。かつて自分を見下ろしていた妹の末路を見ても、私の胸に湧いたのは勝ち誇る喜びではなく、静かな安堵だけだった。
父も母も、態度を一変させ新しい縁談を差し出してきたが、心は少しも動かなかった。
「フィオナ、お前を正式に跡継ぎに戻したい。公爵家のためにも、お前の加護が必要なんだ」
「つまり、私のためではなく、家のためということですね」
父は答えなかった。それが答えだった。
「今さら、ですか」
短くそう告げると、二人は何も言えないまま押し黙った。
数日後、屋敷に届いた花束には、セドリック様からの正式な求婚の手紙が添えられていた。
「本当に、私でいいのですか」
差し出された手を見つめながら、私は尋ねた。加護のためではなく、私自身を選んでくれる人がいるのだと、まだどこかで信じきれずにいた。
「あなただから、隣にいてほしい」
まっすぐな瞳に迷いは一つもなかった。その一言に、これまで抱え続けてきた孤独が、静かに溶けていくのを感じた。
辺境伯領へ移り住んでからの日々は、静かだが温かかった。セドリック様は、私が一人で書斎に籠るとさりげなく茶を差し入れ、夜番の使用人には「フィオナに無理をさせるな」と念を押した。素っ気ない口調の裏に、隠しきれない優しさがいつも滲んでいた。
結婚の儀は、辺境伯領の教会で執り行われた。かつて後ろ指をさされていた私が、今は多くの人に祝福されている。誓いの言葉を交わす瞬間、光の膜がまた淡く二人を包んだ。誰に説明されるまでもなく、それが加護の答えなのだと分かった。
窓の外には、穏やかな朝の光が差し込んでいた。婚約破棄されたあの夜から、私の人生は確かに変わった。
完




