第8話
山の中は、昼でも薄暗かった。
木々が空を覆い、
足元には湿った落ち葉が積もっている。
桃太郎は、剣を握りながら歩いていた。
あの日、炎を纏わせた剣の感触が、
まだ手に残っている。
「……使える。確かに使える」
そう言い聞かせるように呟く。
だが、胸の奥には
小さな不安がくすぶっていた。
⸻
そのとき。
――ガサッ。
茂みが揺れる。
桃太郎は立ち止まり、
ゆっくりと剣を構えた。
「……誰だ。」
現れたのは、鬼だった。
酒呑童子の配下。
人の形をしながら、
明らかに“人ではない”目。
「……子どもか」
鬼が、嘲るように笑う。
その瞬間、
桃太郎の心臓が跳ねた。
⸻
怖い。
逃げたい。
足が、言うことを聞かない。
「……でも」
村の女たちの顔が浮かぶ。
泣いていた人たち。
連れ去られる背中。
「……行け」
桃太郎は剣を振る。
炎を呼び起こそうと、
強く念じる。
――だが。
ゴウッ、と音はした。
しかし炎は、
剣ではなく、地面に噴き出した。
「……っ!」
炎は広がり、
枯葉に燃え移る。
制御できない。
鬼は一歩引き、笑った。
「ははっ、なんだそれは」
「違う……!」
焦りが、
さらに炎を荒らす。
木々が軋み、
煙が立ち込める。
⸻
桃太郎の呼吸は乱れ、
頭が真っ白になる。
「止まれ……止まれ……!」
だが、炎は止まらない。
剣を落とし、
その場に膝をつく。
「……俺は」
怖かった。
鬼よりも、
自分の力が。
その隙を、鬼は見逃さなかった。
大きな影が迫る。
「終わりだ」
⸻
――ドンッ。
衝撃。
だが、痛みは来なかった。
桃太郎が顔を上げると、
そこには倒れた木があった。
鬼は、その向こうで舌打ちしている。
「……今日は運がいいな」
そう言い残し、
鬼は森の奥へ消えた。
⸻
炎は、いつの間にか消えていた。
残ったのは、
焦げた地面と、
震える自分。
桃太郎は、剣を拾う。
手が、まだ震えている。
「……ダメだ」
「俺は……この力を使いこなせていない」
そう呟き、
空を見上げる。
木々の隙間から見える空は、
遠く、狭かった。
⸻
そのとき。
遠くで、
低く、重い鳴き声が響いた。
――ガウゥ……。
人ではない。
鬼でもない。
だが、
ただならぬ存在の気配。
桃太郎は、そちらを見る。
「……なんだ」
知らないはずなのに、
なぜか胸がざわつく。




