第6話
熊がいなくなった山は、
驚くほど静かだった。
焚き火の跡も、
踏み固められた地面も、
そこにあったはずの温もりだけが、消えている。
桃太郎は、山に来た。
一人で。
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村は、変わってしまった。
おじいさんとおばあさんは、無事だった。
体は弱ったが、生きている。
だが――
村の女たちは、誰一人残っていなかった。
夜になると、
家々から灯りが消える。
笑い声も、
歌声も、
子どもを呼ぶ声もない。
男と老人だけが残った、
歪な村。
その事実が、
桃太郎の胸を、静かに締めつけていた。
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「……立て」
誰もいない山で、
熊の声が聞こえた気がした。
桃太郎は、剣を握り、地面を踏みしめる。
立つ。
逃げない。
目を逸らさない。
村で何が起きたのか、
まだ桃太郎は知らない。
だが、
このままでは終わらないことだけは、分かっていた。
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足が震え、
汗が流れ、
何度も倒れそうになる。
それでも、立ち続けた。
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次は、気配。
目を閉じる。
風の流れ。
木の軋み。
虫の羽音。
熊に殴られた感覚が、
体に残っている。
「……来る」
そう感じた瞬間、
背後の木へ剣を振る。
当たらなくていい。
感じ取れるかどうか
それが、修行だった。
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雨の日も、雪の日も。
桃太郎は、山にいた。
丸太を担ぎ、
滝に打たれ、
剣を持って、ただ立つ。
村では、
女を失った男たちが、
うつむいて畑を耕している。
その背中を、
桃太郎は見ていた。
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夜。
焚き火の前で、
一人、剣を拭く。
「……逃げるな」
熊の言葉が、胸の奥で響く。
桃太郎は、答える。
「逃げない」
それは、
自分に言い聞かせる言葉だった。
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時は流れる。
背は伸び、
腕は太くなり、
目から幼さが消えた。
十六歳。
剣を持って立つ姿は、
もう子どもではない。
だが、
おじいさんとおばあさんを想う心、
村を想う心は、変わらなかった。
桃太郎は、剣を握る。
「……行こう」
それは、
守るためではなく、取り戻すための一歩。
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熊はいない。
だが、
教えは、体に刻まれている。
鬼退治が始まる。




