第4話
山を下りたとき、
桃太郎は異変に気づいた。
静かすぎる。
鳥が鳴かない。
風も、止まっている。
胸の奥が、ざわついた。
「……いやな感じがする」
⸻
村が見えた瞬間、
その予感は、現実になった。
煙。
家は壊れ、
地面は荒れ、
酒の匂いが、鼻を刺す。
「……え?うそ……」
足が、すくむ。
⸻
そのとき。
地面が、揺れた。
木々を押し倒しながら、
“それ”が現れる。
赤黒い肌。
角。
歪んだ笑み。
酒呑童子。
「……っ!!」
声にならない叫び。
視線が合った瞬間、
心臓が、凍りつく。
『あ?』
『ガキが一匹残ってやがる』
その声だけで、
涙が溢れた。
「や……やだ……」
体が、動かない。
『ほう、泣くか』
酒呑童子が笑う。
『いいな、人間は』
『簡単に壊れる』
⸻
熊が、前に出る。
『……下がれ』
だが桃太郎は、もう限界だった。
「いや……」
「いやだ……!」
涙と鼻水で、
視界がぐちゃぐちゃになる。
『逃げろ!!!』
熊の怒号。
その瞬間、
体が弾かれたように動いた。
⸻
走る。
転ぶ。
立ち上がる。
泣きながら、叫びながら、
ただ必死に逃げる。
「こわい……」
「たすけて……!」
背後で、
轟音。
熊の咆哮。
酒呑童子の笑い声。
怖くて、
振り返れない。
⸻
森の奥。
息ができない。
足が震え、
その場に崩れ落ちる。
「……なにも……」
「なにもできなかった……」
ただ泣くしかなかった。
子どもだった。
圧倒的な“悪”の前で、
あまりにも無力だった。
⸻
夜。
酒呑童子の気配は、消えていた。
村は、静まり返っている。
熊の姿は――ない。
桃太郎は、
その場で泣き疲れて眠った。




