第2話
桃太郎が六歳になったころ、
老夫婦は不思議に思っていた。
この子は、山を怖がらない。
獣の声がしても怯えず、
深い森の中でも、なぜか迷わない。
まるで――
何かを探しているようだった。
⸻
その日、桃太郎は一人で山へ入った。
風が止み、
木々がざわめく。
背後から、重く、確かな足音。
振り向いた瞬間、
そこにいたのは――巨大な熊。
普通なら、逃げ出す。
だが桃太郎は、足が動かなかった。
熊も、すぐには動かなかった。
じっと、
信じられないものを見るように、
桃太郎を見つめている。
そして――
『……いた』
低く、かすれた声。
『……間違いない。』
その声には、
驚きと、安堵と、
長い時間の重さが混じっていた。
「……え?」
桃太郎は、不思議とその声が聞こえた。
「ぼくのこと……知ってるの?」
熊は答えない。
ただ一歩、近づき、また止まる。
『……大きくなったな』
まるで、
探し続けていたものを
ようやく見つけたかのように。
熊は、ゆっくり背を向ける。
『ついてこい』
理由は分からない。
でも、逆らえなかった。
⸻
山奥の広場。
踏み固められた地面。
長い間、誰かが立ち続けていた場所。
熊が立ち上がる。
――相撲の構え。
「……なに、これ?」
戸惑いながらも、
桃太郎の体が自然と構えを取る。
ドンッ!
一瞬で吹き飛ばされる。
痛い。
でも、なぜか――怖くない。
「……もう一回」
熊は、わずかに目を細めた。
何度も、何度も。
倒され、立ち上がり、
転び、それでも前に出る。
熊は手加減をしない。
だが、殺す気もない。
まるで――
確かめているようだった。
⸻
夕暮れ。
二人は、並んで座る。
「ねえ……」
桃太郎が聞く。
「どうして、ぼくにこれ教えるの?」
熊は、しばらく空を見ていた。
『……理由はある』
「なに?」
熊は、答えなかった。
『今は、いい』
立ち上がり、森へ向かう。
だが、歩き出す前に、
一度だけ振り返る。
『……生きていろ』
『それだけで、いい』
熊は、森の中へ消えた。
⸻
その夜。
桃太郎は夢を見る。
暗い山の中を、
誰かが必死に探し回っている夢。
「……やっと、見つけた」
その声で、目が覚めた。
胸の奥が、
なぜか、ぎゅっと締めつけられていた。




