第11話
山道を吹き抜ける風は、まだ冷たかった。
桃太郎は足を止め、懐に手を入れる。
そこにあったのは、謎の老人から授かったキビ団子。
「虎」
名を呼ばれ、虎が振り返った。
その体は大きく、傷も多い。
だが、その目は澄んでいて、揺れていなかった。
「お前に、渡したいものがある」
「渡したいもの?」
低く、重い声。
桃太郎は、虎の正面に立つ。
「これを食べてくれ。
眠っていた力が目覚める。」
「なんだそれ。
怪しすぎるぞ」
「鬼との戦いのとき、
必ず必要になる。
大丈夫だ。
俺を信じろ。」
虎はしばらく黙っていた。
やがて、ふっと息を吐く。
「……どうせ、断っても諦めないんだろ?
もらうよ。」
そう言って、キビ団子を受け取った。
「信じてくれてありがとう」
桃太郎は温かい笑みを浮かべながら言った。
虎がきび団子を一息に、口へ放り込む。
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次の瞬間。
体の奥が、ずしりと沈んだ。
「な、なんだ!」
虎の体がみるみる硬くなっていく。
その強度はまさに鋼鉄。
虎は、無意識に地面を踏みしめた。
ドン、と低い音。
「……なるほどな」
虎は呟く。
「これは、
倒れない力だ」
「前に立ち続けるための力……」
その背中は、
今まで以上に“壁”のように見えた。
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そのとき。
遠くから、怒号と金属音が響く。
「村だ」
桃太郎は走り出した。
虎も、無言で続く。
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村の外れ。
そこでは、一匹の犬が
鬼と対峙していた。
体は傷だらけ。
息も荒い。
それでも、
一歩も引かない。
鬼の棍棒が振り下ろされ、
犬の体が地面に叩きつけられる。
それでも立ち上がる。
「……ここは、通さない」
かすれた声。
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「弱いくせに逆らいやがって。
死ね」
虎が前に出る。
覚醒した体で、
鬼の攻撃を正面から受け止めた。
地面が揺れる。
だが、虎は余裕の笑みを浮かべた。
「へへ、こいつはすげーぜ。
ほとんど痛みを感じない」
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「うおー!」
桃太郎が炎の剣で鬼に斬りかかる。
鬼の腕をかすめる。
「……ちっ」
鬼は舌打ちし、
仲間を引き連れて後退する。
「覚えていろ」
そう言い残し、
森の奥へ消えた。
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静寂。
犬は、信じられないという顔で
桃太郎と虎を見ていた。
「……何者だ。お前達」
桃太郎は、にっと笑う。
「桃太郎だ。よろしくな。」
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簡単な手当てをしながら、
三人は村の外で腰を下ろす。
犬が桃太郎達に話しかける。
「俺は、この村の犬だ」
「鬼が来るたび、
ここで迎え撃ってる」
桃太郎は、迷いなく言った。
「俺たちは、
酒呑童子を倒しに行く。
お前の負けん気、凄かった。」
「一緒に来てほしい」
「鬼を倒しに...
でも、俺なんかの力じゃ
足手纏いになるだけだ。」
桃太郎はにっと笑い、
腰袋からきび団子を取り出した。
「これは?」
「きび団子って言ってな。
眠っている力を引き出してくれる。
仲間になってくれるなら、
お前にやる。」
犬は、しばらく黙り、
首を横に振る。
「でもやっぱり行けない」
「俺は、ここを離れられない」
「……なぜ?」
犬は、村の奥を見る。
「俺には飼い主がいる」
「鬼に襲われた日に、
どこかへ逃げた」
「必ず、帰ってくる」
「だから俺は、
ここで待つ」
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虎が、低く頷いた。
「なるほどな。
帰ってくるといいな。」
犬は、少し驚いたように虎を見る。
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別れ際。
桃太郎は、
何も言わず、キビ団子を一つ差し出した。
「……これは」
「俺はお前が気に入った。
鬼退治には一緒に行けないが、
もうお前は、共に鬼と戦う仲間だ。
これで村の人達を守ってやってくれ。」
犬は一瞬迷い、
静かに受け取った。
「すまん」
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2人が村を離れるとき、
犬はずっとその背中を見送っていた。
炎を纏う剣。
倒れない虎。
そして濁りの無い、
桃太郎のまっすぐな目。
(……あいつなら)
(この地獄を終わらせられるかもしれない)
犬は、胸元のキビ団子を握りしめる。




