第10話
夜の森は、静かだった。
焚き火の前で、
桃太郎は剣を膝に置き、炎を弱く揺らしていた。
虎は少し離れた場所に座り、
炎を直視しないようにしながら、じっと考え事をしている。
(……あんな目を見たことがない)
純粋で、
迷いがなく、
それでいて、覚悟を秘めた目。
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「……虎」
桃太郎が声をかける。
虎は、少し間を置いて答えた。
「なんだ」
「さっき、鬼を知っているって言ってたよな」
虎は、焚き火から視線を外し、闇を見る。
「……知っている」
短い言葉。
だが、その奥には、
長い時間が詰まっていた。
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「俺には、仲間がいた」
虎は語り始める。
同じ山で育った、
若い虎たち。
狩りが下手な者、
無鉄砲な者、
臆病だが優しい者。
虎は、自然と面倒を見る役になった。
守ることが、当たり前だった。
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ある日、
山に“異変”が起きた。
森が荒れ、
獣が消え、
血の匂いが残るようになった。
「鬼だ」
そう気づいた時には、
もう遅かった。
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「一瞬の出来事だった。
鬼たちは俺の仲間達を拳で叩き、
牙で裂き、
笑いながら踏み潰した。
力の差は、
圧倒的だった。」
虎の声が、低く震える。
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「俺は、先頭で戦った。
仲間を逃がすために。
どれほどの時間が経っただろう。
振り返った瞬間、
立っているものはいなかった...」
「……俺は、生き残った」
その言葉が、
焚き火の音に飲み込まれる。
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虎は続ける。
「誰1人守れなかった」
拳を強く握る。
「その日から俺の時間は止まっている。」
桃太郎は、何も言わない。
ただ、
真剣に聞いている。
その態度が、
虎の心を少し軽くした。
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「みんなの仇を伐ちたい。
だが俺1人で立ち向かって敵う相手ではない。
仲間は必要だ。
だが、もう仲間を失いたくない。
恐いんだ。」
「...だから、
ずっと一人だった。」
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「……なのに」
虎は、桃太郎を見る。
「お前を見て、
その気持ちが揺らいだ」
桃太郎は、静かに答える。
「俺は、絶位死なない。
約束する。」
虎は目を見開く。
「そして、
お前も絶対死なさない。」
その言葉は、
刃のように、真っ直ぐだった。
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虎は、ゆっくりと息を吐く。
(……俺の負けだな)
「……桃太郎」
虎は言う。
「俺は、また誰かを守れなかったら、
二度と立ち上がれないかもしれない」
桃太郎は、即座に答える。
「...守るんじゃない」
「一緒に、戦うんだ」
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虎は、しばらく黙ったあと、
小さく笑った。
「お前の目を見ていると、
本当に鬼に勝てそうな気に
なっちまうな。」
「不思議な奴だ」
そして、はっきり言う。
「……分かった」
「お前に着いていく。」
焚き火が、少し強く揺れた。
炎を見て、
虎はもう目を逸らさなかった。
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(この少年なら)
(背中を預けてもいい)
虎は、そう思った。
それが、
運命の分岐点だった。




