絶句
「ついに勇者が誕生したぞ!」
勇者、という言葉を聞くといつも、腹の中がムカつく。
丁寧に敷かれた赤色の布。
左右にお行儀よく整列した兵隊。
それが、ビル風のように埃を運んでくる。
王様という金ピカの帽子を被っただけの爺さんは、著名な職人が拵えただけの椅子にドカッと座っている。
「伝説の」
「まことの」
「選ばれし」
並べられる言葉はどれも、機械的で中身がない。
誰も私を見てはいない。誰にも私を理解することなどできやしない。
それなのに、上っ面だけのラベリングで満足して、私を死地へ放り込もうとしている。
こいつらのような狂人を止める人間は、どこにもいない。
「これが先代より受け継がれし聖剣だ」
ふざけるな。
私がこの無駄な装飾が施された鉄塊を、宿屋まで運ぶのにどれだけ苦労したと思っている。
「勇者様、光栄なことです。誠に喜ばしいことです」
いつまでも、あのどこまでも純粋に満ちている聖職者の妄言が脳の内側に深く刻まれ、そこから呪文のように身体を反復する。
伝説だか何だか知らないが、私はただの人間なんだ。
この棍棒、重心のバランスが悪い。
当たり前だ。先代が使ってたやつなんだから。
両手でぎゅっと握りしめて、ゆっくりと持ち上げると、手首に鈍い痛みが走る。
「はぁ」
ため息は、夜の帷に霧のように消えた。
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次の日、質屋に出した。
二束三文だが、冒険の足しぐらいにはなるだろう。
私よりうまく使える人がきっといるはずだ。いいやつにもらわれてくれ。
店を出ると、朝の冷気が肺の奥を突き刺した。
腰の重みが消えて、身体の重心が頼りなく浮いている。
空いた手でポケットを探ると、親父から受け取った数枚の硬貨が、互いの不機嫌さをぶつけ合うようにジャラリと鳴った。
ふと視線を上げると、昨日城の中にいた人がいた。
「勇者様、お忘れ物です!」
手に取ると、どうも私の身分証明書もとい冒険者カードのようだった。
「これがなければ勇者様はこの世界で人権を認められませんから、肌身離さずお持ちくださいね」
なんて世界だ。
思わず背筋からの冷や汗に連動して、屁が出そうになる。
昨日泊まった宿屋が、身分証の提出を要求してくるような外道でなくてよかった、と胸を撫で下ろした。
なになに、身分証明書とは職業、名前、親の名前が記されているようだ。
あまりにもガバガバな個人情報なのはさておき、私はこの世界へ来てからというもの、実は自分がどういう名前で呼ばれているのか知らないのだ。
なぜならば、昨日転生したばかりだからだ。
身分証明書へツラツラと目を滑らせる。
**職業:勇者**
**名前:いちご大福**
私は自分の目が信じられなかった。
勇者って職業なのか? という疑問はさておき。
どこの世界に、こんな甘くてもちもちしてそうな勇者がいるんだ。
何よりも、こんな名前をつけた親は一体どういう気持ちで私にこの名前をつけたんだ。
**父親:ゆきお**
**母親:行方不明**
なんなんだ一体。情報量が多すぎて脳が沸騰する。
ゆきお。
会ったこともない父親の、あまりにも「普通」な名前が、いちご大福という不条理をさらに加速させる。
「勇者様、どうかされましたか?」
聖職者が覗き込んでくる。
その目には確かに、いちご大福が映り込んでいた。
勇者いちご大福、魔王を討伐する。か。
そんな世界はたった今この瞬間に、滅亡してしまったほうがよっぽどマシだ。
私は魔王と結託することを、心に誓った。




