第9話 選別
選んだつもりはなかった。
だが、結果として――
選別は、すでに始まっていた。
*
朝の執務室。
机の上に並ぶ報告書の束は、以前より少ない。
書類が減ったわけではない。
書く人間が減ったのだ。
「……人数、確認しました」
参謀が淡々と告げる。
「この三日で、十二世帯」
「想定より、早いな」
「ええ」
それ以上、言葉は続かなかった。
数字としては、まだ致命的ではない。
だが、流れとしては――良くない。
*
領主は、城下町を歩いた。
視察ではない。
確認でもない。
ただ、見たかった。
閉じたままの工房。
看板を外した商店。
空いた家の窓。
「……」
声をかけられない人がいる。
声をかけても、意味がない人もいる。
その区別が、自然とできてしまっている自分に、
領主は気づいた。
*
市場の隅で、年配の男が声をかけてきた。
「領主様」
「どうした」
「残るつもりです」
唐突な言葉だった。
「理由は」
「ここは……逃げない人間が、逃げない場所だ」
領主は、返す言葉を探した。
だが、見つからなかった。
「……無能だと、言われています」
「知っています」
「それでも、ここに残る」
「そうか」
それ以上、話はなかった。
それで、十分だった。
*
城に戻る途中、参謀が言った。
「あなたは、人を選んでいる」
「……そうだな」
否定はしなかった。
「無自覚に、だが」
「結果は、同じだ」
参謀は、少しだけ表情を曇らせる。
「それは、領主の仕事だ」
「……そうかもしれない」
だが、重かった。
選ばれる側よりも、
選ぶ側の方が、
ずっと。
*
夕方、執務室。
魔法研究者が報告に来る。
「再発防止策は整いました」
「そうか」
「次は、問題ありません」
「“問題”とは、何だ」
研究者は、言葉に詰まった。
技術的な失敗。
魔力の暴走。
それらは、定義できる。
だが、人が離れることは――?
「……分かりません」
「なら、慎重にやれ」
「はい」
研究者は、深く頭を下げた。
*
夜。
領主は、一人、帳簿を閉じた。
人口。
備蓄。
税収。
どれも、まだ維持できる。
だが、数字の外にあるもの――
信頼、不安、覚悟。
それらは、帳簿に載らない。
(これは、試されている)
領地が、ではない。
自分自身が。
誰を守り、
誰を守れないか。
その線を、
自分はすでに引いてしまった。
無能と呼ばれる理由は、
ここにもあった。
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