第8話 去る者
人は、理屈では動かない。
ましてや、不安の前では。
*
朝、城下町の門が、いつもより早く開いた。
荷車が一台。
それから、もう一台。
「……引っ越しか」
「らしいな」
門番は、静かに見送った。
止める理由はない。
引き止める命令も、出ていない。
*
執務室で、従者が報告する。
「今朝だけで、三世帯が町を出ました」
「理由は」
「明確には。ただ……不安だと」
領主は、頷いた。
「そうか」
「……それだけですか」
従者の声には、抑えきれない感情が滲んでいた。
「引き止めなくて、よろしいのですか」
「引き止めても、残らない」
「ですが、彼らは悪くありません」
「知っている」
領主は、机の上の書類に目を落とす。
「だから、責めない」
*
町では、あちこちで別れが起きていた。
「世話になったな」
「……ああ」
握手は短い。
言葉も少ない。
「ここ、嫌いじゃなかったんだ」
「分かってる」
嫌いではない。
だが、怖い。
それだけで、人は去る。
*
昼前、参謀が町を歩いていた。
空いた家。
閉まった店。
「……早いな」
彼は、数を数えていた。
人口減少は、戦争よりも静かで、確実だ。
*
城の裏手で、魔法研究者が作業をしていた。
焼け跡の整理。
再発防止の準備。
「……出ていく人、増えましたね」
誰に言うでもなく、呟く。
「あなたのせいではない」
背後から、領主の声。
「……それでも」
「それでも、選んだのは俺だ」
研究者は、何も言えなかった。
*
夕方、城下町の掲示板。
いくつかの張り紙が、剥がされている。
住人募集。
職人求む。
「……また減ったな」
「仕方ない」
仕方ない、という言葉が、
あまりにも軽く、あまりにも重かった。
*
夜。
城では、いつも通りの食事が用意された。
席は、少しだけ空いている。
「……減りましたね」
「減ったな」
それ以上、誰も言わなかった。
*
食後、領主は一人、城の外壁に立っていた。
灯りの数が、昨日より少ない。
(これが、選別だ)
誰かを選んだつもりはない。
だが、結果として、
残る者と、去る者は分かれた。
そこに、正しさは関係ない。
*
遠くで、馬車の音が消えていく。
領主は、目を閉じた。
無能と呼ばれる理由は、
まだ増え続けている。
だが、それでも――
彼は、このやり方を変えなかった。
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