第7話 悪評という速度
噂が広がるのに、理由はいらない。
必要なのは、分かりやすい形と、少しの悪意だけだ。
*
王都の一室で、数人の貴族が円卓を囲んでいた。
「聞いたか」
「例の辺境だろう」
誰かが、わざとらしく肩をすくめる。
「魔法実験で火事。小屋が一つ焼けたそうだ」
「死者は?」
「いない。だが、それが逆に都合がいい」
笑い声が、静かに広がった。
「無能だと評価して正解だったな」
「事故が起きた、という事実だけで十分だ」
机の上に、視察団の報告書が置かれる。
――指導力不足。
――危機管理能力に疑問。
そこに、新しい一文が追記された。
――実害発生。
文字は短い。
だが、その重さは、数字よりも雄弁だった。
*
別の部屋では、若い官僚が書類をめくっていた。
「……これ、再編案件に回りますか?」
「回す」
即答だった。
「事故が起きた以上、猶予は与えられない」
「ですが、被害は軽微で……」
「軽微かどうかは、結果論だ」
官僚は、黙って頷いた。
ここでは、過程は評価されない。
*
同じ頃、別の領地。
商人たちが集まる応接室で、噂話が飛び交っていた。
「辺境で火事があったらしい」
「やっぱり、無能領主か」
「うちの取引先、大丈夫か?」
誰かが、慎重に言う。
「実際に住んでる連中は、どう思ってるんだ?」
「知らん。だが、事故が起きた時点で信用は落ちる」
それが、現実だった。
*
一方、当の領地。
町は、平静を装っていた。
市場は開かれ、配給も滞りなく行われている。
焼けた小屋は、すでに撤去されていた。
だが、人々の会話は、少しだけ変わった。
「……最近、何か多いよな」
「前は、何も起きなかったのに」
“何も起きない”ことが、
この町の唯一の誇りだった。
それが失われた今、
不安は、形を持ち始める。
*
城では、参謀が報告を受けていた。
「王都で、噂が回っています」
「内容は」
「無能領主が、事故を起こした、と」
参謀は、目を閉じた。
「……早いな」
「誰かが、意図的に流しています」
「だろうな」
参謀は、執務室の扉を見た。
中では、領主が一人、書類を処理しているはずだ。
「知らせるか?」
「知らせる」
扉を叩こうとして、参謀は手を止めた。
――知らせたところで、何が変わる?
あの領主は、
状況を知っても、同じ判断をする。
「……いや、いい」
参謀は、踵を返した。
この悪評は、
避けられない流れの一部だ。
*
夜。
酒場の隅で、誰かが言った。
「そろそろ、潮時かもな」
「……そうかもしれん」
それは、最初の兆しだった。
去る者が出る前の、
静かな前触れ。
無能と呼ばれる領主の城は、
今、世界から試されている。
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