第6話 善意の結果
実験は、朝から始まっていた。
城の外れ、簡易工房の前。
魔法研究者が地面に魔法陣を描き、数人の助手が準備を進めている。
「魔力消費は三割削減されます」
「理論上、ですけどね」
研究者は気にした様子もなく答えた。
彼にとって、理論は事実だった。
現実が追いついていないだけで。
*
領主は、立ち会わなかった。
執務室で書類を処理しながら、
報告が来るのを待っている。
(問題が出たら、止める)
そう決めたのは、自分だ。
だが、“問題”の定義を、
彼は曖昧なままにしていた。
*
異変は、突然だった。
魔法陣の光が強まり、空気が震える。
「……数値がズレている」
「誤差の範囲です」
「いや、この揺らぎは――」
次の瞬間。
轟音。
熱風。
工房の脇にあった小屋が、炎に包まれた。
「水を!」
「魔法は使うな、余計に燃える!」
混乱の中、研究者が叫ぶ。
「理論上は成功です!」
「今それ言うな!」
助手の一人が、思わず怒鳴った。
――その瞬間だけ、場が少しだけ和らいだ。
だが、すぐに現実が戻る。
*
火はすぐに消し止められた。
死者はいない。
だが、軽傷者が出た。
小屋は、完全に焼け落ちた。
そこに、領主が駆けつける。
「……被害は」
「人命は無事です」
「それで十分だ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
*
研究者は、領主の前に立った。
「私の責任です」
「違う」
即答だった。
「許可したのは、俺だ」
「ですが――」
「条件を詰めなかった」
研究者は、言葉を失った。
彼は、叱責される覚悟をしていた。
追放される可能性も、考えていた。
「……罰は」
「ない」
その答えに、周囲がざわつく。
「ただし」
「……はい」
「次は、監督を置く」
「当然です」
「そして、俺は説明する」
*
夕方、城下町では噂が一気に広がった。
「魔法実験で火事だって」
「やっぱりな」
「無能領主、何考えてるんだ」
誰も、研究者の名前を出さない。
責任は、自然と領主に向かった。
*
夜。
執務室で、領主は一人、椅子に座っていた。
従者が、静かに口を開く。
「……よろしかったのですか」
「何がだ」
「責任を、すべて背負うことです」
領主は、しばらく黙ってから言った。
「任せた以上、逃げない」
「無能だと、言われます」
「だろうな」
従者は、唇を噛んだ。
「……それでも」
「それでも、ここに残る者は残る」
領主は、立ち上がる。
窓の外には、消し跡の残る黒い地面。
「無能と呼ばれる理由は」
一度、言葉を切る。
「今日、確かに生まれた」
*
同じ夜。
研究者は、焼け跡の前に立っていた。
「……それでも、やめろとは言わなかった」
彼は、静かに呟く。
この領地には、
失敗を理由に、切り捨てない人間がいる。
それが、どれほど危険で、
どれほど救いか。
まだ、誰にも分からなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




