第5話 回復の数字
数字は、正直だった。
「……改善しています」
財務担当の文官は、帳簿を閉じてからもう一度開いた。
見間違いであってほしい、という願いは外れた。
「穀物の誤差は解消。流通の無駄も減っています」
「冬の備蓄も、余裕が出そうか」
「はい。計画通りであれば」
領主は、小さく頷いた。
「なら、問題ない」
「……本当に、そうでしょうか」
文官は、思わず口にしていた。
*
数字だけを見れば、成功だ。
倉庫の再配置による効率化。
人員の最適化。
無駄な支出の削減。
どれも、帳簿の上では美しい。
だが――
「町の反応は、良くありません」
文官は、視線を落とした。
「配給の遅れは一時的でしたが……」
「不安は残る、か」
「はい。“前はこんなことはなかった”と」
領主は、何も言わなかった。
数字が回復しても、感情は回復しない。
それは、最初から分かっていたことだ。
*
昼過ぎ、参謀が執務室を訪れる。
「倉庫の件、完全に落ち着いた」
「そうか」
「だが、評判は落ちた」
「想定内だ」
参謀は、少し言い淀んでから続けた。
「……本当に、それでいいのか」
「何がだ」
「この領地は、今、綱渡りだ」
「分かっている」
参謀は、ため息をついた。
「あなたは、数字を信じすぎる」
「信じているのは、数字じゃない」
領主は、静かに言った。
「数字が示す“限界”だ」
参謀は、言葉を失った。
*
夕方、城下町。
市場は、いつも通り開かれている。
品は揃い、値も安定している。
それでも、どこか空気が重い。
「最近、変なこと多いよな」
「前の方が、気楽だった」
そんな声が、あちこちで聞こえた。
誰も飢えてはいない。
だが、誰も安心していない。
*
夜、執務室。
領主は、魔法研究者から提出された書類に目を通していた。
「……効率向上、か」
魔力消費を抑える新しい魔法陣。
理論上は、倉庫や工房の負担を軽減できる。
紙の上では、完璧だった。
従者が、そっと声をかける。
「明日から、実験を始めるそうです」
「そうか」
「……立ち会われますか?」
「任せる」
その答えに、従者は一瞬だけ表情を曇らせた。
だが、何も言わない。
この城では、
任せることが、信頼であり、
同時に、最大の賭けだった。
*
領主は、机に帳簿を置き、目を閉じた。
数字は、回復している。
だが、このやり方は――
(続けられるのか)
答えは、まだ出ない。
ただ一つ確かなのは、
次に何かが起きれば、
もう言い訳はできない、ということだった。
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