第4話 無能の采配
問題は、いつも小さな違和感から始まる。
「領主様」
朝の執務室で、倉庫管理官が控えめに声をかけた。
「南側穀物庫ですが、帳簿と現物に差が出ています」
「量は?」
「すぐに不足するほどではありませんが……」
領主は、書類から顔を上げた。
「原因は?」
「古い配置のままなので、人の動線が無駄に長く……」
そこまで聞いて、領主は頷いた。
「参謀」
「呼んだか」
壁際で地図を見ていた男が、振り向く。
「倉庫の配置、変えられるか」
「可能だが、現場は混乱する」
「致命的か?」
「いや。ただ――」
「なら、変えていい」
参謀は、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……指示は?」
「任せる」
「範囲は?」
「判断に任せる」
「期限は?」
「急がなくていい」
参謀は、深く息を吐いた。
「相変わらずだな」
「適任だろう」
「それはそうだが……」
参謀は、それ以上言わなかった。
*
昼過ぎ、倉庫では小さな混乱が起きていた。
「なんで今日から配置を変えるんだ!」
「聞いてないぞ!」
古参の倉庫番が声を荒げる。
参謀は冷静に説明した。
「今の配置では誤差が出る」
「今まで問題なかった!」
「問題が見えていなかっただけだ」
理屈は正しい。
だが、感情は追いつかない。
一部の倉庫では、配給が一時的に遅れた。
「……町がざわついています」
従者が報告に来た時、領主は眉を寄せた。
「大事にはなっていないか」
「今のところは」
領主は、少し考えた。
「続けろ」
「……はい」
その判断に、迷いはなかった。
だが、それが“正しいかどうか”は、まだ分からない。
*
夕方。
倉庫の再配置は、想定より早く落ち着いた。
流れは整理され、誤差は消える。
数字上は、改善だ。
「結果は出ました」
参謀が報告する。
「そうか」
「だが、不満は残った」
「分かっている」
参謀は、領主を見た。
「普通の領主なら、ここで弁明する」
「そうだな」
「だが、あなたはしない」
「必要ない」
「……無能と呼ばれるぞ」
「今さらだ」
参謀は、苦笑した。
*
夜、城下町の酒場。
「最近、配給が遅れたらしい」
「変なこと始めたんだろ」
「やっぱり、無能なんじゃないか?」
そんな声が、静かに広がる。
*
執務室で、領主は一人、灯りの下に座っていた。
数字は改善した。
だが、信頼は少し削れた。
(任せた結果だ)
それが、彼の選択だった。
扉の外で、従者が立ち止まる。
声をかけるべきか、迷っている。
だが、結局何も言わなかった。
この領主は、
結果だけでなく、
その過程も、引き受ける人間だ。
そしてその“引き受け方”こそが、
いつか致命的になることを、
この時点では、まだ誰も知らなかった。
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