第3話 追い出された天才
男は、自分がどこに向かっているのか分からないまま、歩いていた。
王都を出てから、もう数日になる。
馬も使わず、目的地も決めず、ただ南へ。
「……辺境か」
地図の端に記された名を見て、苦笑する。
かつて、自分が立てた作戦で守った土地だ。
その功績を称えられることはなかったが、少なくとも“失敗”ではなかった。
だが、王都はそうは見なさなかった。
勝ちすぎた。
被害を抑えすぎた。
英雄が生まれなさすぎた。
それが罪になる国だった。
「戦争を終わらせる参謀など、不要だ」
誰かがそう言った。
それで話は終わった。
*
城門を見上げた時、男は正直に思った。
「……思ったより、まともだな」
朽ちてはいない。
警戒も行き届いている。
だが、威圧感がない。
門番に名を告げると、すぐに通された。
しばらくして、執務室に案内される。
そこにいたのが、この領地の領主だった。
「用件は?」
「仕事を探している」
「何ができる?」
「戦争の計画だ」
間。
普通なら、ここで顔色が変わる。
だが、領主は変わらなかった。
「この領地は、再編の候補だ」
「……知っているのか」
「王都の視察団が来た」
男は、少しだけ驚いた。
「それで、私を雇う?」
「理由があるなら」
男は、正直に答えた。
「ここは、長く持たない」
「そうかもしれない」
否定しない。
それが、逆に不気味だった。
「なら、なぜ抵抗しない」
「抵抗するには、人が足りない」
「なら、集めればいい」
「集めても、守れない」
男は、言葉を失った。
この領主は、状況を理解している。
そのうえで、派手な手を打たない。
「……無能と呼ばれているそうだな」
「そうらしい」
「それで、納得しているのか」
「今は」
その“今は”が、男の胸に引っかかった。
*
領主は、地図を指し示した。
「戦争が起きたら、どうする?」
「起こさない」
即答だった。
「起きないように、何をする」
「戦う意味を消す」
領主は、しばらく男を見つめてから言った。
「この領地は、戦争を起こせない」
「……どういう意味だ」
「起こせば、負ける」
淡々とした口調。
だが、それは事実だった。
「それでも、残るか?」
「……条件は」
「命令はしない」
「責任は」
「俺が取る」
男は、思わず笑った。
「最悪だな」
「そうか?」
「無能な領主の下で、責任だけは重い」
「それでもいいなら」
しばらくの沈黙。
男は、深く息を吐いた。
「……分かった。しばらく、ここにいよう」
*
その夜、男は城の一室で地図を広げていた。
防衛線は薄い。
兵力も少ない。
だが、補給路は整理されている。
住民の動線も悪くない。
「……崩れにくい」
勝てないが、簡単には壊れない。
それは、戦場では見ない設計だった。
ふと、昼間の会話を思い出す。
――命令はしない。責任は取る。
「……厄介だ」
だが同時に、奇妙な安心感があった。
この領主の下なら、
勝たなくても、守れるかもしれない。
そう思ってしまった時点で、
男はもう、この城に足を踏み入れていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




