最終話 無能なまま
王都からの通達は、簡素だった。
昇進なし。
表彰なし。
追加予算なし。
そして――再編対象外。
理由は、明記されていない。
*
「結局、何だったんでしょうね」
参謀が、書類を畳みながら言った。
「功績もない」
「失敗もない」
「評価しようがない」
領主は、机から顔を上げなかった。
「無能だからな」
「……そうですね」
否定しないところが、腹立たしい。
*
領地は、拡大しなかった。
だが、縮小もしなかった。
人の数は、少ないまま。
成果は、目立たない。
それでも、崩れてはいない。
*
城下町では、今日も仕事が進んでいた。
号令はない。
掲げられる理想もない。
だが、壊れないように、
皆が勝手に気を配っている。
*
かつての魔道具職人の工房は、
今も使われている。
名前は残らない。
だが、仕組みは残った。
役に立たなさそうな男は、
今日も同じ場所に立っている。
誰も評価しない。
だが、誰も困らない。
*
夕方。
城門の前に、一人の旅人が立っていた。
痩せた体。
疲れた目。
「用件は?」
門番の問いに、旅人は答える。
「……仕事を探している」
門番は、城を振り返った。
豪華な城ではない。
英雄の名もない。
だが――切られない場所だ。
「入れ」
*
執務室。
領主は、書類を書いていた。
配置表。
備蓄記録。
次の冬の準備。
新しい名前が、一つ増える。
それだけだ。
*
参謀が、窓の外を見て言った。
「……ここは、最強ではありませんね」
「そうだな」
「むしろ、不器用だ」
「無能だ」
領主は、淡々と答える。
*
英雄にならなかった領主。
改革者にもならなかった男。
歴史書には、名前すら残らないだろう。
だが、消耗しない場所だけが、
静かに、ここに残った。
無能と呼ばれた領主の城は、
今日も変わらず、
才能をすり潰さないまま、
存在していた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、
「無能とは何か」という、とても曖昧で、とても便利な言葉から書き始めました。
結果を出さない者は無能。
目立たない者は無能。
声の大きくない者は無能。
けれど現実では、
“壊れないこと”や
“誰かを切り捨てないこと”は、
評価の対象になりにくいものです。
この物語の領主は、最後まで無能のままでした。
出世もしませんし、称えられもしません。
歴史書に名が残ることもないでしょう。
それでも彼の城には、
才能がすり減らない場所が残りました。
それが正しいかどうかは、
作者である私にも分かりません。
読んでくださった皆さん一人ひとりが、
それぞれの答えを持ってくだされば、それで十分だと思っています。
派手な展開や爽快な逆転を期待していた方には、
少し物足りなかったかもしれません。
それでも最後まで付き合ってくださったことに、
心から感謝します。
もしこの物語が、
「評価されないこと」や
「遅いこと」や
「何者にもなれなかった時間」を、
少しだけ肯定するきっかけになったなら、
これ以上の喜びはありません。
またどこかで、
違う形の物語を書けたらと思います。
本当に、ありがとうございました。




