第20話 誰も命令していない
それは、前触れもなく起きた。
*
夜明け前、城下町の外れで地鳴りがした。
古い水路が、崩れた。
連鎖的に、倉庫裏の地盤が沈み、
物流路が寸断される。
「……まずいな」
門番が呟いた時、
すでに数人は動いていた。
*
誰も号令をかけていない。
だが、配給所には人が集まる。
倉庫の前では、物が運び出される。
「水路が詰まってる」
「裏道を使え」
「重い物は後回しだ」
命令ではない。
相談でもない。
ただ、必要なことが、必要な場所で起きていた。
*
役に立たなさそうな男は、
いつもの場所に立っていた。
人の動線が詰まる前に、
荷をどかし、
通路を確保する。
誰も彼に指示していない。
誰も礼も言わない。
それでいい。
*
参謀は、城壁の上から全体を見ていた。
「……命令が、いらない」
それは、軍ではありえない光景だった。
だが、ここでは成立している。
*
昼前。
被害は、最小限で済んだ。
倉庫は無事。
配給は滞らない。
負傷者も、軽傷のみ。
だが、誰も勝利を祝わない。
*
執務室。
参謀が報告する。
「被害、想定以下です」
「そうか」
領主は、書類から顔を上げなかった。
「……指示は出されませんでしたね」
「必要なかった」
「それで、ここまで動くとは」
「動ける人間が、残っているからだ」
それだけの理由だった。
*
夕方。
城下町は、元に戻りつつあった。
復旧は、静かに進む。
功績を数える者はいない。
責任を主張する者もいない。
*
夜。
参謀は、ふと思った。
この領地は、
もはや「領主が治めている」のではない。
**壊れないように、皆が勝手に気を配っている。**
それを作ったのは、
命令ではなく、
長い時間だった。
*
領主は、城壁の上に立っていた。
灯りは少ない。
だが、消えていない。
「……無能ですね」
参謀の言葉に、領主は頷いた。
「無能だな」
否定しない。
それが、この領地の在り方だった。
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