第2話 静かな決定
王都への帰路、視察団の馬車は重苦しい沈黙に包まれていた。
誰もが、同じ感想を抱いている。
だが、それを口にするのは少し遅れた。
「……結局、何もなかったな」
最初に声を出したのは、年配の貴族だった。
「ええ。整ってはいましたが、あれといった成果も、危機感もない」
「領主自身に、野心が見えない」
馬車の揺れに合わせて、書類が揺れる。
「数字は悪くない」
「悪くない、というだけだ」
誰かが鼻で笑った。
彼らは“問題が起きていない理由”には興味がなかった。
興味があるのは、成果と失敗、どちらかだ。
「では、評価は?」
「据え置き……いや、下げていい」
即断だった。
「今後、あの領地はどうなる?」
「再編の候補に入れる」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
――辺境領地、統合対象。
――現領主、指導力不足。
それが、正式な決定となる。
*
同じ頃、城では穏やかな午後が流れていた。
執務室で、領主は一枚の書類に目を通している。
視察団が残していった簡易報告。
内容は、予想通りだった。
「評価、低」
従者が顔を曇らせる。
「……やはり、ですか」
「想定内だ」
「ですが、このままでは……」
「今すぐ何かが変わるわけではない」
領主は、淡々と言った。
だが、その指先は、わずかに紙を押さえている。
「再編の話が、進む可能性は?」
「あるだろう」
従者は、息を呑んだ。
「では、対策を……」
「今は要らない」
「なぜです?」
領主は、少し考えてから答えた。
「動けば、見える」
「……見える?」
「警戒される」
従者は、理解した。
評価が低い今は、まだ猶予がある。
ここで慌てて動けば、“何かを隠している”と判断される。
「無能だと思われている方が、楽だ」
その言葉に、従者は返す言葉を失った。
*
夕刻、城下町では小さな変化が起きていた。
商人たちが、噂話をしている。
「王都の連中、来たらしいな」
「ああ。どうだった?」
「さあな。地味だったって」
笑い声が混じる。
「無能領主、ってやつか」
「でも、税は変わらんし、取引は楽だ」
誰も褒めはしない。
だが、誰も逃げもしない。
それが、この町の空気だった。
*
夜。
領主は、執務室で一人、地図を眺めていた。
領地の範囲。
人口。
物流。
再編されれば、この線は消える。
「……」
その事実を、彼は静かに受け止めていた。
その時、扉がノックされる。
「入れ」
昼間の魔法研究者だった。
「実験の準備が整いました」
「そうか」
「明日から、段階的に始めたいと考えています」
「問題は?」
「理論上は、ありません」
領主は、一瞬だけ視線を上げた。
「現場は任せる」
「はい」
「だが」
「?」
「異変があれば、必ず報告しろ」
「承知しました」
研究者は一礼し、去っていった。
その背中を見送りながら、領主は小さく息を吐く。
(任せる、か)
それは信頼ではない。
だが、他に方法もない。
この領地を守るために、
無能であり続けるという選択を、
彼はすでにしていた。
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