第18話 残ると思った人
その日、工房の灯りは早く消えた。
それだけで、参謀は察した。
*
魔道具職人は、道具を丁寧に拭いていた。
いつもより、少しだけ念入りに。
「……珍しいな」
参謀が声をかけると、男は手を止めた。
「区切りです」
「区切り?」
問い返す前に、男は頷いた。
「ここを出ます」
「……理由を聞いても?」
男は、少し考えてから答えた。
「壊れないからです」
*
参謀は、言葉を失った。
「ここは、壊れない」
「ええ。だからこそ」
男は、工房を見回した。
「事故も起きにくい。
責任も奪われない。
成果も、奪われない」
「……それ以上に、何が必要だ」
「私には、必要です」
男は、静かに言った。
「燃え尽きる場所が」
*
夜、領主は執務室で書類を見ていた。
魔道具職人が入ってくる。
「話があります」
「聞こう」
「ここを、出ます」
「そうか」
即答だった。
止めない。
驚かない。
それが、この領主だ。
*
「理由は、聞きませんか」
「聞けば、引き止めたくなる」
男は、苦笑した。
「優しくないですね」
「優しいと思われると、困る」
少しの沈黙。
「……私は、ここで救われました」
「そうか」
「だからこそ、これ以上いると、
自分が鈍る」
領主は、視線を上げた。
ほんの一瞬だけ。
「それは、理解できる」
「……ええ」
それだけで、十分だった。
*
翌朝。
門の前で、魔道具職人は荷を背負った。
見送りは、少ない。
大げさな別れは、ない。
「……世話になりました」
「こちらこそ」
参謀が、最後に言う。
「ここに戻る場所はある」
「知っています」
男は、微笑んだ。
「だから、行ける」
*
彼が去った後、工房は静かだった。
だが、空ではない。
配線は残り、
工夫も残り、
事故の起きにくい仕組みも残っている。
だが、彼自身はいない。
*
夜。
領主は、一人、帳簿を閉じた。
また一人、残ると思った人が去った。
それでも、引き止めなかった。
(守らなかった)
そう言い換えることも、できる。
この城は、壊れない。
だが、人を留める場所でもない。
無能と呼ばれる理由は、
ここにも、確かにあった。
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あと数話で完結となります。
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