第1話 無能と呼ばれる理由(まだ、なかった)
この物語には、
派手な無双も、分かりやすい成功も、
すぐに報われる努力もありません。
それでも、
失敗しても切り捨てられない場所が、
もし異世界にあったなら――
という話です。
静かに積み上がる物語が好きな方に、
届けば幸いです。
辺境領地再編の可能性について――。
王都から届いた一通の文書を、領主は机の上に置いたまま、しばらく眺めていた。
文面は丁寧で、言葉も柔らかい。
だが要するに、こういうことだ。
――この領地は、重要ではない。
「……なるほど」
領主は、小さく息を吐いた。
不満も怒りもない。
ただ、少しだけ胸の奥がざわついた。
(このやり方で、本当に守れるのか)
その考えは、すぐに振り払った。
考えても仕方がない。
今できることを、今やるだけだ。
*
朝の執務室は、相変わらず静かだった。
「以上が、今月の報告です」
文官が書類を差し出す。
「……ふむ」
領主は目を通し、頷いた。
「特に問題は?」
「……ありません」
「なら、以上だ」
文官は、一瞬固まった。
「ええと……ご指示は?」
「必要になったら出す」
「今は?」
「今は、問題がない」
文官は、困ったように一礼して下がった。
廊下に出た瞬間、小さく呟く。
「……やっぱり、何もしないな」
それが、この城のいつもの朝だった。
*
昼前、王都からの視察団が到着した。
立派な馬車。
豪奢な服装。
期待と失望が入り混じった視線。
「こちらが領主殿か」
「ああ」
形式的な挨拶を交わし、城内を案内する。
訓練場。
倉庫。
執務室。
どこも整っているが、派手さはない。
「改革の予定は?」
「今のところは」
「戦力増強は?」
「必要なら」
歯切れの悪い答えに、視察団の表情が曇る。
領主は、それを見ても弁明しなかった。
(見せないことを、選んでいる)
その選択が、どう評価されるかは分かっている。
だが、今はそれでいい。
*
視察団が去った後、城は再び静けさを取り戻した。
執務室の隅で、見慣れない男が立っていた。
旅装。
魔法研究者の証。
「……異端だと聞いている」
領主は言った。
「危険だとも」
男は、少しだけ肩をすくめる。
「理論上は安全です」
「理論上、か」
「実験には許可が必要でしょうか」
領主は、一瞬考えた。
「好きにやっていい」
男の目が輝く。
「ただし」
「はい?」
「危険が出たら、止める」
それだけだった。
研究者は深く頭を下げる。
「感謝します」
彼が部屋を出た後、従者が不安そうに口を開いた。
「……よろしいのですか?」
「何がだ?」
「あの者、扱いづらいと聞きます」
「だろうな」
「事故が起きたら……」
「その時は、俺の責任だ」
従者は、それ以上何も言えなかった。
*
夕方。
城の外れで、小さな光が瞬いた。
魔法陣。
実験の準備だろう。
領主は窓からそれを見下ろし、ほんの一瞬だけ眉を寄せた。
(任せる、か)
それは信頼ではない。
危険を引き受けるという選択だ。
だが、その重さを、彼はまだ正確には測れていなかった。
*
その夜、城下町はいつも通り静かだった。
人々は知らない。
この城の在り方が、
この領主の判断が、
いつか「無能」と呼ばれる理由になることを。
――まだ、その時ではなかった。
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