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隋唐演異  作者: 八月河
第一部
12/15

玄武門の変

天下は平定され、太子李建成と秦王李世民の権力闘争が繰り広げられ、李世民は兵権を取り上げられた。


配下の諸将も閑職に追いやられ、皆下野した。


尉遅恭は鍛冶屋を開き、程咬金と賈輔順、柳周臣らと定食屋を開きそれぞれ天下泰平を謳歌していた。


長安の西市に、ひときわ賑わいを見せる店があった。看板には「程家飯店」と大きく記され、昼ともなれば常に行列が絶えない人気店である。


「おお、客よ来い!今日の目玉は羊肉の蒸し煮じゃ!」


程咬金は大きな声で客を呼び込み、額の汗を拭いながら厨房と客席を駆け回っていた。賈輔順が会計を担当し、柳周臣は器用に料理を盛り付けていく。三人は見事な連携を見せ、店を切り盛りしていた。


「程大将軍、いや程店主、相変わらずの賑わいじゃのう」と常連客が声をかける。


「ははは、もう大将軍なんて呼ぶな。今の俺は料理人よ。でもな、この平和な日々も悪くないわい!」


程咬金は笑いながらも、ふと遠い目をした。戦場の日々が懐かしくもあり、またこの平穏がいつまで続くかという不安もあった。


一方、街の一角では尉遅恭が鍛冶屋を営んでいた。かつて敵将を倒したその腕で、今は農具や包丁を打っていた。


「師匠、この鎌の刃先をもう少し鋭くお願いします」と農民が頼む。


「任せおけ。俺が打った鎌は草をなぎ払うだけでなく、悪鬼すら退けるわい」


尉遅恭は苦笑いしながらも、真剣な表情で鉄を打つ。槌を振り下ろすたびに、かつて戦場で槍を振るった日々を思い出した。


そんな平穏な日々を破る報せがもたらされた。竇建徳の旧将、劉黒闥が反乱を起こしたというのである。


宮殿では緊急の会議が開かれていた。李淵は悩ましげに眉をひそめた。


「劉黒闥が竇建徳の旧将を糾合し、河北で反乱を起こしたとの報せを受けた。誰を討伐に向かわせるべきか…」


李建成が進み出た。


「父上、私に行かせてください。北方で突厥を破った経験があります。必ずや劉黒闥を討ち取ってみせます」


李淵はしばらく考えた後、うなずいた。


「よかろう。建成、お前に行かせる。元吉も副将として同行せよ」


李世民は黙ってその様子を見ていた。自身は兵権を取り上げられ、もはや発言権すらほとんどなかった。


李建成と李元吉率いる唐軍は、劉黒闥の軍と対峙した。しかし劉黒闥は武勇にすぐれ、また斥候に敵軍の内実を探らせてその不意を襲う戦法で唐軍を苦しめた。


「くそ、あの劉黒闥め…予想以上の強敵だ」李建成は歯ぎしりした。


李元吉も焦りの色を浮かべる。


「兄上、このままでは我が軍が不利です。何か策が必要です」


劉黒闥は軍中で「神勇」と号され、その勢いは止まるところを知らなかった。竇建徳の旧将故吏たちが次々と帰順し、軍勢は日に日に増強されていった。


唐将の李神通、秦武通、王行敏、そして李勣らが次々と派遣されたが、ことごとく劉黒闥に撃破された。


長安でその報せを聞いた尉遅恭や程咬金らは、複雑な思いを抱いた。


「劉黒闥か…あの男、なかなか手ごわいらしいな」


程咬金は飯店の片付けをしながら呟いた。


尉遅恭は鍛冶場から上がり、汗を拭いながら言った。


「太子殿下たちでは苦戦するのも無理はない。あの劉黒闥、俺がかつて戦った時も相当手こずったぞ」


賈輔順が心配そうに加わる。


「でも、我々にはもう手の出しようがありませんな。今や市井の者です」


しかし、三人の心の中には、かつての戦友たちのことが気にかかっていた。また、李世民のことが頭から離れなかった。


秦王府では、李世民が房玄齢や杜如晦らと密かに会議を開いていた。


「劉黒闥の反乱が拡大している。兄上たちでは対応できないだろう」


李世民は憂いを含んだ声で言った。


房玄齢が頷く。


「殿のおっしゃる通りです。しかし、今の殿には兵権がありません。どうすることもできませぬ」


杜如晦が机を叩いた。


「このままでは唐の威信が地に落ちます。何とかしなければなりません」


李世民は深く息を吸った。


「我らにできることは、静観することだけだ。父上から命令があるのを待つしかない」


一方、劉黒闥の勢いはとどまるところを知らなかった。饒陽の崔元遜や兗州の徐円朗らと結び、北は高開道や突厥と連合して、竇建徳の旧領をことごとく回復していった。


ついに相州を落とした劉黒闥は漢東王を号し、天造と建元した。范願を左僕射とし、董康買を兵部尚書とし、高雅賢を左領軍とし、王小胡を右領軍とするなど、竇建徳の旧部下たちを任用し、都を洺州に置いた。


唐の総管羅士信が洺水に派遣されたが、劉黒闥はこれを見事に撃破し、羅士信を敗死させた。


連敗続きの報せを受けた李淵は、ついに重大な決断を下した。秦王府に使者を送り、李世民を召し出したのである。


「世民、劉黒闥の反乱が収まらない。お前に行かせる。兵権を返上する。すぐに征討に向かえ」


李世民は深々と頭を下げた。


「承知いたしました。必ずや劉黒闥を討ち取ってみせます」


ようやく舞い戻ってきた兵権。李世民はすぐに旧臣たちを召集した。


「程家飯店」に、秦王府からの使者が駆け込んだ。


「程咬金様、賈輔順様、柳周臣様、秦王殿下よりお召しです!」


三人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「ようやく来たな!」


程咬金はエプロンを脱ぎ捨てた。


賈輔順はそろばんを片付けながら言った。


「では、店は一時休業と致しますか」


柳周臣はすでに外套を手にしていた。


「行きましょう。殿がお待ちです」


一方、鍛冶屋の尉遅恭のもとにも使者が訪れていた。


「尉遅恭様、秦王殿下がお戻りになりました。お力をお貸しください」


尉遅恭は槌を置き、ゆっくりと顔を上げた。


「待っておりました。すぐに参ります」


こうして、閑職に追いやられていた武将たちが次々と李世民の下に集結していった。


再び鎧に身を包んだ李世民は、かつての部下たちを前に力強く宣言した。


「諸君、ようやくこの時が来た!劉黒闥の反乱を鎮め、大唐の威信を取り戻す!」


「おおっ!」


将兵たちの歓声が上がった。


尉遅恭、程咬金、秦瓊、徐世勣ら歴戦の勇士たちが、再び李世民の下に結束した。


しかし、劉黒闥は強敵だった。食糧が不足したまま、李世民は劉黒闥と決戦を挑み、洺水で大敗を喫してしまう。


「くそ…あの劉黒闥、やはり甘くはなかったか」


李世民は歯ぎしりした。


洺水での勝利に気を良くした劉黒闥だったが、兵糧不足は深刻だった。そこで一旦兵を退き、范願らとともに突厥に逃れることを決断した。


「一度は李世民を破ったが、兵糧が続かぬ。いったん突厥に退き、態勢を立て直そう」


劉黒闥は范願らに言った。


こうして劉黒闥は突厥に逃れたが、そこで兵を借りて再び進攻を開始した。唐の淮陽王李道玄や原国公史万宝らを撃破し、河北を再び回復して、また洺州を都とした。


再び勢いを盛り返した劉黒闥に対し、李淵は皇太子李建成と斉王李元吉を派遣することを決めた。しかし、今度は李世民も同行させることにした。


「建成、元吉、世民、三人で力を合わせて劉黒闥を討て!」


李淵は三人の息子に命じた。


兄弟はそれぞれ複雑な表情を浮かべたが、命令に従うしかなかった。


館陶での戦いで、唐軍はついに劉黒闥軍と激突した。李世民の戦略と李建成の兵力、そして尉遅恭や程咬金ら歴戦の勇士たちの活躍で、唐軍は徐々に優勢になっていった。


「もはやこれまでか…」


劉黒闥は敗北を悟り、饒陽に逃れた。


饒陽に逃れた劉黒闥だったが、そこで諸葛徳威に捕らえられてしまう。諸葛徳威は劉黒闥を李建成のもとに送り、李建成は劉黒闥と弟の劉十善を洺州で斬った。


こうして劉黒闥の反乱は鎮圧され、大唐の天下は再び安泰となった。


反乱鎮圧後、武将たちは再び閑職に追いやられた。尉遅恭は鍛冶屋に、程咬金たちは飯店に戻り、平穏な日々が再び訪れた。


しかし、彼らの心中は以前とは違っていた。再び戦場の緊張感を味わい、李世民の下で戦う喜びを思い出したからだ。


「いずれ、また殿が我々を呼ぶ時が来るだろう」


尉遅恭は鉄を打ちながら呟いた。


程咬金も客に酒を酌みながら思った。


「次に戦う時は、もっと大きな戦いになるかもしれんな…」


劉黒闥討伐の功績は、主に李建成のものとされた。李淵は李建成をより一層重用し、李世民の立場は以前よりも危ういものとなっていった。


「世民、お前の功績も認めよう。しかし、天下が平定された今、お前には休息が必要だ。再び兵権を建成に預けるように」


李淵は李世民に言った。


李世民は静かにうなずいた。


「かしこまりました」


しかし、その心中は複雑だった。配下の者たちの将来が危ぶまれたからだ。


李世民の力が衰えたのを見て、李建成と李元吉は暗殺計画を企てた。


「世民が生きている限り、我々の安泰はない。いよいよあの計画を実行に移す時だ」


李建成は李元吉に囁いた。


一方、李世民のもとにもその情報がもたらされた。


「殿下、太子殿下と斉王殿下が殿の暗殺を計画しています!」


長孫無忌が蒼い顔で報告した。


李世民は深く息を吸った。


「ついにその時が来たか…」


秦王府では、重臣たちが集まって緊急の会議を開いていた。


「殿下、もう我慢の限界です!先手を打ちましょう!」


尉遅恭が叫んだ。


程咬金も同意した。


「そうです、殿!このままでは我々皆、殺されてしまいます!」


秦瓊、徐世勣、房玄齢、杜如晦らも皆、決起を促した。


李世民はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。


「…そうだな。もはやこれ以上は退けぬ。父上に建成兄貴の陰謀を訴え、公正な判断を仰ごう」


李世民は李淵に直訴するため、玄武門を通って宮中に向かうことにした。しかし、これは李建成らにとって絶好の機会だった。


「世民が単身で宮中に向かうと言う。玄武門で待ち伏せよう」


李建成は李元吉に指示した。


武徳九年六月四日、玄武門で待ち伏せていた李建成と李元吉は、李世民の到着を待ち受けた。


しかし、李世民もまた準備をしていた。尉遅恭、程咬金、秦瓊ら精鋭を率い、逆に李建成らを待ち伏せたのである。


「兄上、ついにこの時が来ましたな」


李世民は静かに言った。


李建成は顔色を失った。


「な、なんと…!?」


その瞬間、玄武門の変が始まったのである。


長安に不穏な空気が漂う中、太子李建成の側近羅松は、自身の屋敷で深く憂いていた。


(…秦王李世民の動向が怪しい。ついにあの日が来るのか。太子殿下は弟との和解など夢物語だとお考えだが、秦王は既に動いている。我々も覚悟を決めねばなるまい)


彼は静かに硯に向かい、魏徴への密書を認めた。その筆遣いは速く、そして確かだった。


「魏徴閣下、急ぎ参りたし。事、存亡の機にあり」


夜も更けた頃、魏徴の屋敷で密談は行われた。


「羅松将軍、ご教示の通りだ」


魏徴は低く、しかし鋭い声で言った。


「秦王殿下はすでに尉遅恭、程知節らを動員し、宮中への工作を強めている。もはや、平和裡の解決は望めぬ」


「では、いかがすべきか」


羅松の問いかけに、魏徴は机の上の地図を指した。


「まずは薛万徹をして禁軍の掌握を強化せしめ、外には尊父羅芸公の軍勢を招集する。これで秦王を内外から挟撃せん」


「…秦王殿下とは、かつて共に戦った仲よ」


羅松はふと呟く。


「その武勇と人徳は、誰よりも知っている」


「各々の大義というものよ」


魏徴は静かに言い放った。


「我々が仕えるは、太子建成殿下。たとえその器量が秦王に及ばぬと知ろうとも、臣たるものの道は一つだ」


羅松は深く息を吸い、覚悟を決めた。その瞳には、避けられぬ戦いへの悲しみと、主君への忠誠心が静かに燃えていた。


「…承知した。では、薛万徹には私から伝えよう。父羅芸への連絡も急がせる」


運命の日、六月四日。玄武門。 羅松は薛万徹と共に兵を率い、事前の計画通りに配置についていた。彼の手には、愛槍の穿天が握りしめられていた。


(来る…!)


李世民とその配下が門前に現れた瞬間、空気が張り詰めた。


まず動いたのは尉遅恭だった。巨体を轟かせて羅松に突進する。


「羅松!道を開けろ!」


「退け、尉遅恭!」


羅松は冷静に、しかし凄まじい速さで槍を繰り出した。一閃鈍い衝撃音と共に、尉遅恭の大槌がはじき飛ばされる。


「な、なに!?」


程咬金が驚愕の声をあげる。


秦瓊も顔を曇らせた。


「流石は天下随一の名手…厄介な相手だ」


羅成をはじめとする諸将も、その神技に気圧され、容易に動こうとしない。羅松の周囲にだけ、緊張した空間が生まれていた。


その戦況の中、李元吉の槍が折れるというハプニングが起こる。


「ぬあっ!?」


李元吉が絶叫する。それを好機と見た李世民側の将兵が殺到する刹那、羅松は迷わず自身の穿天槍を投げ渡した。


「元吉殿下、これを!」


「羅松! 感謝する!」


これを見た羅成は激情にかられた。


「兄上!なぜそこまでする!? 天下のために尽くすべきは、秦王殿下ではなかったのか!?」


「各々の信じる道があるのだ、羅成!」


羅松は腰の佩刀断芒を抜きながら静かに、しかし熱を込めて言い放つ。


「私は太子殿下に忠誠を誓った。これがわが大義だ!」


「ならば…!」


羅成は槍を構える。


「力ずくで止めてみせる!」


兄弟による、因縁の対決が始まった。槍の名手である羅成だが、剣の達人である兄羅松の前には分が悪い。羅松の剣捌きは神がかり的で、羅成の攻撃を悉くかわしていく。


一方、薛万徹は事前の計画を実行に移す。羅松が敵将の注意を引き付けている隙に、兵を率いて李世民軍の兵士を削り、包囲網を狭めていく作戦だ。


「羅松の盾となれ! 全軍、突撃せよ!」


薛万徹の号令一下、太子派の兵士たちが猛攻を開始した。予想外の側面攻撃に李世民軍は混乱し、尉遅恭や程咬金らも羅松の強さに釘付けされ、指揮に集中できないでいた。


しかし、乱戦の中で、予期せぬ悲劇が起きる。李建成が流れ矢に当たり、致命傷を負ってしまったのだ。


「ぐおおっ…!?」


李建成は喉を押さえ、その場に崩れ落ちた。


「太子殿下!」


羅松が叫ぶが、その隙を羅成に突かれ、防御に追われる。


「太子殿下、落命されました!」


誰かの叫び声が戰場に響く。


その混乱に乗じ、尉遅恭が李元吉に迫った。


「李元吉!これまでだ!」


「来い、尉遅恭! この羅松の槍で貴様を…!」


李元吉は穿天槍を振るうが、尉遅恭の猛攻の前にはかなわない。ついに放たれた一矢が李元吉の胸を貫き、彼は息絶えた。


尉遅恭は地面に刺さった穿天槍を抜き、静かに羅松の方へ歩み寄る。


「…羅松将軍、お前は真の武人だ。これをお返しする」


尉遅恭は槍を差し出した。羅松はそれを黙って受け取り、やがて李世民を見据えて叫んだ。


「秦王殿下!趨勢は既に決した! これ以上の無用な殺生は無用ではあるまいか!」


李世民は苦笑いを浮かべ、応えた。


「羅松将軍…その通りだ。将軍の武勇と忠義、深く感じ入った。我が麾下に迎えたいのは山々だが…」


「お断りする!」


羅松の声は静かだが、強く響いた。


「私は…太子殿下に仕えることを選んだ者。もはやこの場にいる資格はない。ただ一つ、願いがござる。太子殿下と元吉殿下のご遺族の命ばかりは、どうかお助け願いたい」


李世民は深く頷いた。


「…良かろう。約束する」


羅松は静かに李世民の前に進み出ると、佩刀を地面に置き、深々と頭を下げた。


「秦王殿下、いや、皇太子殿下。私は貴殿の器量を認めます。どうか、新たなる天下を安らかなるものにしてください。これにて…失礼させていただく」


そう言うと、羅松は静かに場を後にする。彼の背中は、無念と悲しみに満ちながらも、どこか清々しくも見えた。李世民は複雑な表情で、その跡を見送った。


その後、羅松の父羅芸は李世民に反旗を翻すが、鎮圧され、討ち死にした。その報せを聞いた羅松は、一人、深い嘆息をもらした。


(父上…そして太子殿下、元吉殿下。全ては、この羅松が至らなかったばかりに…)


一方、事の顛末を知った皇帝李淵は、深い悲嘆と無力感に襲われた。


(建成、元吉…わが子よ。なぜ、そこまで…世民、お前は…)


皇帝ながらも為す術なく、もはや李世民に国を託すしかない現実を受け入れた。


「…世民を皇太子にせよ。朕は…もう良い」


こうして玄武門の変は収束し、李世民の時代が訪れた。


羅松は残った配下を連れ、穿天寨へと向かう道中で、心身ともに著しく疲弊していった。愛する主君を失い、父を失い、兄弟と争った悲しみと自責の念が、彼の身体を蝕んでいた。


「殿、もうすぐ穿天寨でござる」


配下の兵士が心配そうに声をかける。


「……うむ」


羅松はかすかに頷くが、もはや言葉を発する力も残っていなかった。


穿天寨に到着すると、そこには密かに救出されていた単雄信が待っていた。


「羅松よ! 待っておったぞ! …どうした、その姿は!?」


「単雄信…兄貴…すまぬ…穿天寨は…暫く…任せた…ぞ…!」


ようやく絞り出した言葉を最後に、羅松はその場で気を失った。


単雄信は慌てて彼を支え、医者を呼んだ。


そして、目を覚ます。


少年が再び目を覚ますと、そこは見覚えのある、しかし違和感のある部屋だった。現代の、自身の部屋である。


「これは…夢だったのか? あの全ては…」


彼は呟いた。しかし、体中に残る痛みはあまりにも現実的だった。よく見ると、手には古い傷跡が残り、枕元にはあの愛剣断芒によく似た古董品が置かれている。


彼はゆっくりと起き上がり、部屋の中を歩き回った。本棚には隋唐時代の歴史書が並び、その一冊がぱっと開かれている。


手に取ったその本の、玄武門の変について書かれたページを読む。そこには李建成と李元吉が殺され、李世民が皇太子となり、後に太宗となる経緯が記されていた。


しかし、羅松の名前はどこにもない。薛万徹や魏徴の名はあっても、彼についての記述は一切なかった。


その時、少年は悟った。


(あれは夢などではない。私は確かにあの時代を生きた。歴史の表舞台には現れない、もう一つの真実を…)


彼は窓の外、現代の街並みを見つめながら、静かに呟いた。


「各々の…大義がある。ならば、私に与えられた新たな大義は…あの時代で得た想いと記憶を、この時代で活かすことではないか」


彼の瞳には、新たな決意の光が静かに灯っていた。歴史の研究者として、もう一つの真実を探求し、後世に伝えることそれが、彼に与えられた新たな旅立ちであった。


こうして、現代に戻った彼は、永遠に消えることのない隋唐時代の記憶と、そこで出会った人々への想いを胸に、新たな人生を歩み始めるのだった。

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