冷静すぎるふたり
「……脱ぐぞ」
「いいよ。今日は光の当たり方が最高だ。冬城、君の背筋、やっぱりいいね。骨と筋のバランスが美しい」
冬城司は、淡々と服を脱いだ。
カーテンで締め切った美術室の中、夕暮れの光が斜めに差し込んで、埃の粒を照らす。
スケッチブックを抱えた絵狂いの友人は、まるで美術品を見る目で彼を見つめていた。
彼にとって「裸になること」は、特別なことではない。
信頼している相手で、目的が明確なら、それはただの作業の一環に過ぎなかった。
「もうちょっと腰をひねって。あと、目線は少し上」
冬城は指示に従ってポーズを取る。背筋に浮き出た筋肉が、光と影で際立っていく。
静寂。鉛筆の走る音。
誰も喋らない、まるで時が止まったかのような空間。
――その静けさを破ったのは、ドアが開く音だった。
「ん? あれ、美術部の備品借りに来たんだけど……って、え……」
声の主は、後輩の女子。
手に画材袋を抱えたまま、凍りついた。
目に飛び込んだのは、裸の冬城司と、赤い目をぎらつかせて絵を描いている男子。
ふたりの間に張り詰める、妙な緊張感……いや、むしろ、あまりにも落ち着きすぎた空気。
「……誤解するな。そういうことじゃない。モデルを頼まれただけだ」
「うん。冬城の身体、立体構造がほんとに美しくてね。恋愛感情とか、そういうの一切ないよ。むしろ、あったら困る。集中できないから」
「……あ、あ、うん……え? え?」
彼女は混乱したまま顔を赤くして後ずさりする。
ドアが閉まり、再び静寂が戻る。
「……なぜ驚く」
「世の中の多数派は、裸=なにかある、って考えるみたいだよ。仕方ないね。彼女、顔真っ赤だった」
「……別に見せてるわけじゃない。描かせてるだけだ」
「うん。君はいいモチーフだ。今度は寝転がってくれ。背中のラインをもう少し描き込みたい」
「了解」
再び、静かな時間が戻る。
紙の上で鉛筆が躍る。光と影の中、冬城司は無表情のまま、ただ静かに、モチーフであり続けた。