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森の主に会ってみた

「ナルカ、大丈夫? とりあえず逃げるよ!」

 

 最近森の魔物たちの様子がおかしい。私がここに来た時と比べて、明らかに凶暴になってきている。明確に私たちに殺意を向けているのだ。


「マズいよアリサ。魔物に囲まれた」


 大型の狼のような魔物が、ずっと私たちを追ってきていた。それも、今まででは考えられないほど多い数で、私たちを狩ろうとしている。


(ナルカは狼たちに噛まれて傷を負っている。私が魔法でなんとかするしかない)


 私は冷たい氷をイメージして、周囲に無数の氷の刃を作り出した。少しでも手加減すれば、私たちは狼たちに殺されてしまうだろう。確実に魔物を仕留めるしかない。


「いけえええええ!」


 私は氷の刃を狼たちに飛ばした。氷の刃は狼の急所を正確に斬りつけた。倒れていく狼たち。しかし、数が多くて全てを仕留めきれなかった。


「ちっ、取り残したか」


 残った狼たちが私たちに一斉に飛び掛かる。私は咄嗟にナルカの上に覆い被さって彼女を守ろうとした。


「ぐぅっ」


 狼たちが、私の身体に噛みついてくる。でも、ナルカは、ナルカだけは私が守らないと。全身が痛い。でも、こんなところで死ぬわけにはいかない。私が、私がなんとかしないと。


「うわあああああ!」


 私は体内にある魔力を放出して、狼たちにぶつけた。狼たちは一瞬たじろいだが、すぐに私を噛み直してきた。ダメか。ここで終わりか。ごめんね、ナルカ。助けてあげられなくて。ごめんね、マチさん。私たちは先にこの世界からおさらばみたいです。ごめんなさ――。


「大丈夫か。今助けるぞ!」


 今、男の人の声がした。飛びそうになった意識を何とか繋ぎ止めて、声のした方を見ると、若い男性が立っていた。彼は素早く私たちに近づくと、私の身体に噛みついていた狼たちを、風の魔法で弾き飛ばしてくれた。弾き飛ばされた狼たちが怒って男性に襲いかかる。しかし、彼は鞄からナイフを手に取って、飛びかかってくる狼たちを腕で押さえつけながら、冷静に喉元を切り裂いていく。その光景を見た残りの狼たちは彼に恐れをなしたのか、逃げ出していった。

 

 私は何とか気力を振り絞って立ち上がった。けれど、身体に力が入らない。頭もクラクラする。少しでも気を抜いたらすぐに意識が飛んで、倒れてしまいそうだ。


「ありがとうございます」


「今手当をしてやる。といっても、俺は回復魔法が苦手だから、完全には治せないかもしれないが……出血を止めるぐらいならできるはずだ」


「この森の中にある小さな小屋に、私の作ったポーションがあります。それを飲めば傷は治るはずです」


「そうか。小屋というのはアイシャさんの隠れ家のことかな?」


「アイシャを知っているんですね? そうです。私たちは今、そこで暮らしているんです」


「わかった。それでは、回復魔法をかけたら、小屋まで君たちを連れていこう」


 男性は魔族で、レイと名乗った。レイさんはすぐに私たちに回復魔法をかけてくれた。彼は私たちの身体の出血が止まったことを確認してから、アイシャの小屋まで運んでくれた。


「おかえりなさい……。アリサ、ナルカ、大丈夫ですか?」


 大怪我をしている私たちの姿を見たマチさんが心配そうに私に話しかける。


「ごめんなさいマチさん。この人が私たちのことを助けてくれたの」


「二人は森の中で狼の魔物に襲われていました。私が助けましたが、二人とも大怪我をしています。早くポーションを飲ませてあげないと……」


「わかりました。今持ってきます」


 マチさんは小屋の中からポーションを持ってきて、私たちに飲ませてくれた。


「これでいい。後はしばらく安静にしておきましょう」


 マチさんとレイさんは私たちをベッドのところまで運んでくれた。


「あの子たちを助けてくれて、本当にありがとうございます」


「いえいえ。困っている時はお互い様ですから。二人が回復したら、あなたたちに話したいことがあるのですが、聞いていただけますか?」


「もちろんです。なんでも話してくださいね」


 気がついた時、私はベッドの真上にある天井を見つめていた。どうやら二人にベッドに運ばれたあと、しばらく寝てしまっていたらしい。ポーションを飲ませてもらったおかげで、身体の傷もすっかりよくなった。


「ナルカ、大丈夫?」


 私は隣のベッドで寝ているナルカの身体を確認する。ナルカの傷も治っていた。


「ナルカ、ナルカ。無事で本当によかった」


 私はナルカの手を握りながら、泣き出してしまった。感情が抑え切れなくて、涙が止まらなかった。


「気がついたのね。アリサ、ナルカ、身体はもう大丈夫?」


 私の声を聞いたマチさんが部屋に入ってきた。


「ありがとう、もうすっかりよくなったわ」


「よかった。本当に心配したのよ」


 マチさんは私とナルカを胸元に抱き寄せて頭を撫でてくれた。私たちはマチさんの大きな胸の中で泣いていた。


「あなたたちを助けてくれたレイさんが待っているわ。ちゃんとお礼をしないとね」


 私たちは広間で待っていたレイさんの元へ行くと、深々と頭を下げた。


「もうすっかり傷は治ったようだな。本当によかった」


「あなたのおかげです。本当にありがとうございます」


「気にしなくていいよ。俺はレイ。この森に住んでいるんだ。見ての通り、俺は魔族さ。と言いたいところだけど……」


 レイさんは全身を長い体毛が覆っていて半獣人のような外見をしている。見た目は魔族そのものだ。


「実は君たちと同じ、人間なんだ。この森で長く暮らすうちに、身体が魔物化してしまって、見た目が魔族のようになってしまってね。君たちは他の世界からこの森に来たんだろう? その姿を見ればわかる。実は、俺もそうなんだ」


 レイさんは私たちの姿を見て、異世界から来た人間だと確信したようだ。それは、後でマチさんに聞いたら、私たちが森に住んでいるのに身体が魔物化していなかったかららしい。


「レイさんも、気がついたらこの森にいたんですか?」


「そうみたいなの。それで、この森にいる魔物の肉を食べているうちに身体がどんどん魔物化してしまったらしいわ。ね、レイさん」


「ええ、マチさんの言う通りです。俺はもう一人の女性、今の俺の妻と一緒にこの森に来たんだ」


 マチさんとレイさんは年齢が近いからか気が合うらしく、すでに大分打ち解けていた。レイさんと彼の奥さんは魔物の肉を浄化せずに食べていたら、身体が魔物化してしまったらしい。服を着ていないが、綺麗な銀色をした体毛が伸びていて、全身を覆っている。どうやら、私たちは魔物の肉を食べなくて正解だったようだ。


「俺たちは、この小屋に住んでいるアイシャさんに世話になっていてね。彼女はまだ戻ってきてないみたいだけど、代わりに君たちがここにいて、アリサさんが錬金術をやっている。本当にすごいことだよ」


「レイさんはアイシャさんを知っているんですね。私はアイシャさんの残してくれた日記や本を読みながら、錬金術の見習いをしているだけですけど……」


「ああ。アイシャさんは素晴らしい錬金術師だ。彼女はこの森が気に入っていてね。俺がこの森を守るのを手伝ってくれているんだ」


 レイさんはこの森に来てから、家族と一緒にこの森で暮らしている。そして、この森をずっと守ってきたらしい。彼がアイシャのことを知っているのは、私にとって好都合だ。後でアイシャのことを聞いてみよう。今の私には彼女について知りたいことがたくさんある。


「でも最近、この森の主である精霊が呪われてしまってね。彼女の呪いのせいで、森の魔物たちも徐々に凶暴になってしまっているんだ」


「そんなことがあったんですね」


「なんとか呪いを解いてあげたいんだが、なかなかその方法が見つからなくてね。苦しんでいる彼女を見るのも辛いんだが……」


「それなら、一時的に鎮静の薬を使って、その精霊さんを落ち着かせてみてはどうかしら? 彼女が落ち着けば、森の魔物たちも落ち着きを取り戻すんじゃない?」


 マチさんがレイさんに提案した。


「なるほど……鎮静薬を使うというわけですね」


「ええ。アリサ、どう? そんな薬は作れそう?」


「地下の倉庫でレシピは見たことがあるわ。ちょうど材料もある」


「それはよかった。すぐに調合はできそう?」


「私もだいぶ調合に慣れてきたし、二時間ほど時間をもらえれば、なんとかなると思う」


「それでは、鎮静薬を作って森の主に与えてみるということでいいですね?」


 マチさんはレイさんに念を押した。


「森の精霊を一時的にでも落ち着かせるというのは良いアイデアだと思います。他にいい方法は無さそうですし、それで行きましょう」


「わかりました。あと、出来れば私たちもついていっていいかしら? 私たちもこの森の精霊さんにご挨拶したいの」


「あなたたちがそうしたいのなら、俺は全然構いませんよ。一応、俺の家族も連れていこうと考えています。俺と違って、妻と娘は回復魔法が得意なので」


 私たちは、準備のために森の中にあるレイさんの住処へと向かった。レイさんの家は、丸太を組んで作られた小さなログハウスだった。そこで、レイさんの妻のルカさんと、娘のリリちゃんと出会った。


「はじめまして。私はルカ。この子は私たちの子供のリリです」


「リリです。よろしくです」


 ルカさんは大人の女性。長いウェーブのかかった茶色の髪がとても似合っている。リリちゃんは十歳くらいの女の子。お母さん似の茶色の髪のショートボブがかわいい。二人とも、魔物化しているからか、レイさんと同じように綺麗な茶色の体毛が服のように身体を覆い隠している。


 ルカさんは私たちに紅茶を淹れてもてなしてくれた。

 

「私とレイは別の世界からこの森にやってきたの。それからずっとこの森で暮らしているわ。そしてリリはこの森で生まれたのよ」


 レイさんとルカさんがリリちゃんを見てにっこりと微笑んでいる。


「私たちも、別の世界からこの世界に来たんです。レイさんたちは私たちの先輩だったんですね」


「ふふ、面白いことをいうのね。確かに、私たちの方が長くこの森に住んでいるわね」


 ルカさんが笑顔でうなづいた。笑っているルカさんの顔は、とても可愛らしくて素敵だ。


 レイさんたちは私たちよりもずっと前からこの森に来て、生活を続けていた。何者かが、異世界からこの森に人間を呼び寄せているのだろうか? 何故、この場所に? 何の目的で? どうして、私たちが選ばれたの? とりあえず、今はこの森で生きていくだけで精一杯だ。少し前にも、私とナルカは魔物に殺されかけている。余計なことを考えている余裕は無い。目の前の出来事に集中しよう。


 私たちはレイさんたちの家で支度を整えた後、森の主のいる場所、森の聖域と呼ばれている遺跡へと向かう。


「レイさんはここに来てから魔法を習得したんですか?」


「そうだよ。俺もルカも初めは魔法が使えなくてね。石を投げつけてなんとか魔物を倒していたよ」


「私もです。それくらいしか攻撃する方法がなかったから」


「そうだよね。俺が初めて魔法を使ったのは、傷ついたルカを治そうとした時だった。とにかく必死に傷が治るイメージを頭に浮かべながら彼女の傷口に手をかざした。でも、俺はあまり回復魔法は上手くならなくてね。ルカの方が魔法のセンスがあったみたいで、あっという間に魔法を習得してしまったんだ」


「誰にでも、得意不得意はありますから」


「まあ、ルカと一緒に魔法の訓練をしたから、俺もなんとか一通りの魔法は使えるようになった。アイシャさんと出会ってからは、魔法の基礎から全て教えてもらえたからね」


「アイシャさんは魔法も得意だったの?」


「ああ。彼女はエルフで、僕たちよりもずっと長い年月を過ごしているからね。魔法の知識も技術も一流だったよ」


 やはり、アイシャは魔法使いとしても優れた人物だったようだ。小屋の地下書庫に魔法関連の書籍が充実していたのも、彼女が魔法に精通していて、錬金術と同じくらい魔法の研究を重ねていたからだろう。


 私たちがレイさんたちとしばらく話をしているうちに森の聖域と呼ばれる場所についた。聖域は巨石を積み上げられて作られた古代遺跡だ。緑色の苔が巨石全体を覆っているので、建設されてから気の遠くなるような年月が経過していることが一目でわかる。その奥に一本の大きな大木があった。この木がかなりの年月をこの遺跡とともに過ごしてきたことを、幹の太さが物語っている。

 

 その大木のすぐそばで、森の精霊と思われる少女が、全身に黒い棘のあるいばらの蔦で締め付けられて、苦しそうにもがいていた。


「全身を黒いいばらで覆われている。かわいそうに、すぐに外してあげるからね」


「アリサ、近づくな!」


 黒いいばらが、私の身体めがけて飛んでくる。とっさにレイさんが、炎の魔法でいばらを焼き払ってくれた。


「ごめんなさい。ありがとう、レイさん」


 迂闊だった。レイさんがとっさにいばらを焼き払ってくれなかったら、私も精霊と同じようにいばらで締め付けられていただろう。私は、不用意に精霊に近づこうとしたことを反省した。次からは、相手の様子を見てから行動をするようにしないと。


「おそらく、この精霊さんは呪われているわね。それも、かなり強力な呪いに」


「マチさんもそう思いますか。であれば、一刻も早く呪いを解かなくてはいけないんですが、その方法がわからない。とりあえず、鎮静薬を飲ませて落ち着かせましょう」


「私がこれで薬を飛ばして彼女の口の中に入れてみます」


 私は、持ってきたスリングショットをレイさんに見せた。


「なるほど。口の中に入れて、強制的に摂取させるのか。それなら、俺が精霊の気を引こう。薬の方は任せるよ。ルカ、リリ。魔法でサポートを頼む」


「わかった。気をつけてね」


 精霊の気を引くために、レイさんが精霊に近づいていく。レイさんは自身に向かってくる黒いいばらの蔓を冷静に避けている。ルカさんとリリちゃんも炎の魔法で黒いいばらの蔓を燃やしていく。いばらを燃やされて熱いのか、精霊が苦しそうに口を開いた。


「今だ!」


 私は精霊の口を目がけてスリングショットで鎮痛薬を飛ばした。上手く彼女の口の中に鎮静薬が入った。


「よし、いいぞ。後は離れて様子を見よう」


 しばらくすると、精霊は眠りについて、身体から出ていた黒いイバラも小さくなった。


「とりあえず落ち着いたようね」


「ああ、でも、一時的なものだよ。彼女が落ち着いているうちに呪いを解かないといけない。呪いは俺たちでなんとか解決策を見つけるよ。だから、アリサたちは今後も鎮痛薬を作ってくれないか?」


「もちろんです。精霊様の呪いが解けるまで、私が責任を持って精製します」


 こうして、森の主が落ち着いて眠っているうちに、レイさんたちが呪いを解く方法を調べることになった。そのために、私はレイさんに再度鎮痛剤を作ることを約束した。


「しかし、アリサ。君はこの森に来てそんなに時間は経っていないのだろう? それでここまで錬金術を修得するとは……。どうやら君には天賦の才能があるようだね」


 私はレイさんに思いもがけない言葉をかけられたので困惑した。


「そんなことないです。私はアイシャさんが残してくれた本を読んでいるだけですから」


「あらあら。謙遜しちゃって。私もレイ君と同意見よ」


 マチさんもレイさんの意見に賛成してきた。


「本を読んで知識を得るのは誰にでも出来る。でもね、本を読んで手に入れた知識を正しく理解して実践するのは誰にでも出来ることじゃないわ。これは多分、あなたが考えているよりもずっと難しいことなのよ。普通の人にとってはね。もちろん、あなたはそのための努力をしているけど、それも一つの才能だと私は思うわ。アリサ、あなたには錬金術師の才能がある。一緒に住んでる私が言うんだから、間違いないわ」


 マチさんまで私を褒めてくれた。レイさんやマチさんから思いがけない言葉をかけられたことで、普段褒められたことのなかった私は、感極まってしまい、思わず涙が溢れてしまった。

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