狼の少女がやってきた
小屋に来た白い狼は全身が傷つき、血を流している。
「大丈夫? 今ポーションを飲ませてあげるからね」
私は傷ついた狼の口に瓶の注ぎ口を当てて慎重にポーションを飲ませてから、小屋の中にあった布で傷口を強く押さえ込んで、止血をした。
しばらくすると、ポーションの効果が効いてきたのが、出血が止まり、傷が治ってきた。そして、狼は少女の姿に変わった。
「あなた、狼人間だったのね」
少女の身体には傷口から流れた血がべっとりとついている。私は彼女の身体についた血を綺麗に拭き取ってから、ベッドに寝かせてあげた。
傷が完全に癒えるのを待ってから、私は少女に話しかけた。
「よかった。大分傷もよくなったわ。あなた、お名前は何ていうの?」
「手当をしてくれてありがとう。ボクはナルカといいます」
かわいらしい顔をした少女が、まるで男の子のような口調で話しかけてきたので、私は少しだけとまどった。
「ボク? あなた男の子なの?」
「いいえ、ボクは女の子です。女の子がボクといってはおかしいですか?」
少女は上半身を起こすと、不思議そうな顔をして私に話しかけた。
「いや、そんなことはないわ。ごめんなさいね」
彼女に言われて初めて、配慮が足りなかったことに気づいた。私は酷いことを言ってしまったと反省しながら、彼女に謝罪した。
「どうして傷ついていたの?」
「森の中で魔物に追われていたのです。なんとか逃げたんだけど、ここまで来たら、力尽きてしまって……。助けてくれて、本当にありがとう」
少女は涙目になりながら、私に頭を下げてきた。
「目の前に傷ついた人がいたら、手当をするのは当たり前でしょ。気にしなくていいわ。私はアリサよ。よろしくね」
私は微笑みながらナルカの手を取って握りしめた。何故か自分の名前を思い出せなかったので、とりあえず頭の中に思い浮かんだアリサという名前を名乗ることにした。
「うん、ボクの方こそ、よろしくです。アリサ」
ナルカは私の手を強く握り返してきた。ナルカの顔は幼さが残っていて、笑顔がとても可愛らしく感じた。
「それで、あなたは自分の意思で狼の姿になれるの?」
「そうなんです。ボクの住んでいた村ではみんなそうでした。でも、それでボクたちは他の人間たちからよく思われてなくて……」
「そうだったの。あなたも辛かったのね」
私はナルカを慰めるために、彼女の身体を抱きしめてあげた。この小屋でしばらく一人で生活していた私は、自分の肌で、彼女の体温を直接感じられたのが嬉しかった。
「うん。それで、ボクたちの村は、人間たちに襲われて、必死に逃げたんだけど、結局ボクは追い詰められて、崖から落ちたんだ」
私はナルカの話を聞いて驚いた。もしかして、彼女も――。
「ちょっと待って、あなたもこの世界の人間じゃないの?」
「うん。多分そうかもしれない。気がついたらこの森にいたんだ」
「それじゃあ、私と一緒だよ。私も、気がついたらこの森にいたの」
「あはは、アリサもボクと同じだったんだ。うれしいなあ。それで、ボクは狼の姿になって森をさまよっていたんだけど、魔物に襲われて、必死に戦ってみたんだけど、敵わなかった。だから、なんとかここまで逃げてきたんだ」
「そうだったのね……。ねえナルカ、よかったら、しばらく一緒にここで暮らさない? 生き残るために、あなたの力を貸して欲しいの」
「アリサがいいのなら、ボクもその方がありがたいよ」
「それじゃあ決まりね。よろしく、ナルカ」
私とナルカは再びガッチリと手を握りしめた。
「実は私もここに来たばかりで詳しくはわからないけど、この家は錬金術を行っていたアイシャっていうエルフの女性が住んでいたみたいなの」
「へえ、ここは錬金術師さんのお家だったんだね」
「そう。でも、アイシャは何年か前に素材集めに出掛けてしまって、まだ戻ってきてないみたい。だから、彼女が戻ってくるまで、私はここで錬金術を学んでみようと思ってるの。ここにはアイシャが残してくれた資料やレシピが残っているからね」
「なるほど。それは面白そうだね。ボク、狼の姿だと鼻が効くから、アリサの素材集めに協力できるかもしれない。どうかな?」
ナルカが鼻を擦っている。狼人間のナルカは狼の姿に変身すると鼻が効くようだ。
「ぜひ、お願いするわ。この家にある素材だけでは精製できるアイテムに限界があるの。だから、ナルカが一緒に素材集めをしてくれるとすごい助かるよ」
「ふふ、任せて。一人では、食べ物を探すのも大変だったでしょう? ボクの鼻で、食糧になりそうなものも見つけてあげる」
こうして、私が仮に暮らす家に、新しい住人が増えた。
ナルカが、森から食べられそうな木の実やキノコを見つけてきてくれるおかげで、私は少しだけ空腹を凌ぐことが出来るようになった。魔物の肉はまだ食べない方が良さそうだったので、二人でなるべく肉以外のものを食べるようにした。
人間の時のナルカは、まだまだ子供っぽい身体をしている。髪はショートカットで男の子みたいだけど、顔は女の子そのもので、とても可愛らしい。狼の時は、全身が白くて美しい毛で覆われている。この時のナルカは、とてもモフモフとして抱き心地がいい。困ったことがあるとすれば、狼から人間に戻る時は、服を着ていないので裸になってしまうことだ。まあ、私しかいないから、ナルカは気にしていないみたいだけど、私は目のやり場に困ってしまう。なので、人間の姿でいる時は、私と同じように小屋に置いてあったアイシャの服を着てもらうことにした。私もナルカも彼女とは服のサイズが合わなかったので、袖や裾をまくって何とか自分たちの身体に合わせている。
ナルカは寝ている時に、よく私に抱きついてくる。その方が落ち着くらしい。この時、私もナルカの身体から肌の温もりを感じられるのがうれしい。ずっと一人で、寝ている時も寂しかったから、余計にそう感じるのだと思う。
何よりも、ナルカと話している時間が最高に楽しかった。一人でいる時は寂しさを感じていたから、話し相手のいなかった私はずっと本を読んで気を紛らわせていた。
二人なら、きっとここでも暮らしていける。ナルカは私にそんな希望を与えてくれた。