この世界の真実がヤバすぎた
私の前に現れたのは、グランセリアの王女アイリスのロイヤルガード、ジュリアさんだった。
「ジュリアさん、お久しぶりです。私に何かご用ですか?」
「あらあら、しばらく見ないうちに随分と雰囲気が変わったんじゃない?」
ジュリアさんは右手を口元に当ててクスクスと笑っている。
「それはお互い様でしょう。あなたも以前とは雰囲気がまるで違う。今のあなたは悪役令嬢みたいです」
「あはは、それはそうよ。だって私、元々は悪役令嬢になるはずだったんですもの」
ジュリアさんは笑っているが、彼女の眼からは氷のように冷たい視線が私に送られていた。なるはず? この人は何を言ってるんだろう? 元々の自分の運命を知っていたとでもいうの? それに、どうして私を敵視するような眼で見つめるの?
「あなたも空間転移魔法が使えたんですね。それで、何をしにわざわざここまで来たんですか?」
「この世界の女神様、クラリスの気配が消えたから、気になって確認しに来たの。そしたら何故かあなたがいたってだけよ。あら、それはアゾット剣じゃない。なるほど、あなたがその剣を使って女神様を倒したのね。この世界で最も入手難易度の高い、幻のアイテムなんだけど、よく手に入れられたわねえ」
「何故、あなたがアゾット剣のことを知っているんですか?」
「何故って、私はこの世界のことを知り尽くしているからよ。だって、この世界は私のよく知っているゲームの世界と同じだからね。あなた、転生者でしょう? もう気づいてると思うけど、この世界に転生したのはあなただけじゃないのよ」
ゲームの世界? 転生? 何を言っているんだろう? ジュリアさんも私と同じく他の世界からここへ来たみたいだけど、彼女は最初からこの世界のことを知っていたの?
「あなたも、他の世界からここへやってきたんですか?」
「そうよ。そして私は元いた世界でこの世界の元となったゲームをやり込んでいた。だから、この世界のことはほぼ全て調べ尽くしてある。あなたみたいな転生者は元のゲームでは絶対にしない行動をとるからすぐにわかるのよ」
これは少し面倒なことになった。ジュリアさんが話していることが事実なら、彼女はまだ私が知らない情報を知っていることになる。それなら、今ここで彼女を敵に回すのは得策じゃない。
「あなたは元のゲームだとただのモブキャラだった。それが女神様を倒すなんて、よほど運が良かったのか、それとも転生前のあなたの能力がよほど高かったのか。まあ、私にはどちらでもいいことだけど」
私はこの世界に来る前に車に跳ねられて、おそらく一度死んでいるはずだ。少なくても前の世界の私は幸運とは程遠い、不幸な少女だったのだろう。ジュリアさんの言うとおりに、私がこの世界に転生したのだとしたら、転生後の私は確かに運が良かったのかもしれない。
ジュリアさんは相変わらず私に冷たい視線を向けたままだ。私が女神を倒したことで、彼女に何か不都合な事があったのだろうか?
「よくわからないんですが、つまり、私がアリサとして転生したことで、あなたが知っているゲームの世界とは異なった展開になっているということですね?」
「そういうこと。そして、私もかつてアゾット剣を所有していた。アゾット剣を使って、この世界が崩壊しても記憶を引き継げるようにしたの」
ジュリアさんもアゾット剣を持っていた。持っていた? ということは、今は持っていないの? それに、世界が崩壊するって言わなかった?
「待ってください。世界が崩壊するってどういうことなんです?」
「何も知らないあなたに教えてあげる。この世界では、女神様が倒されると、世界中で大災害が発生して、世界が崩壊してしまうのよ」
「何ですって?」
ジュリアさんが私がまったく想像していなかった答えを口にしたので、私は驚いて思わず聞き返してしまった。
「だって、女神様がこの世界を管理していたんですもの。管理者がいなくなれば、この世界は制御が効かなくなっていずれ崩壊するわ。私は何度も世界が崩壊するのを経験してきた」
「そんな――」
どうやら、私は取り返しのつかないことをしてしまったらしい。私のせいで、この世界が崩壊してしまう。みんな無くなってしまう。あの時、女神が言っていたことは本当だったみたいだ。もう少し、彼女の言葉を真剣に聞いていたら――。罪悪感と後悔で、頭の中が真っ白になる。
「崩壊した世界はやがて再生されて、元通りになるの。人間も含めてね。そして、私たちの新しい人生が始まるわ。この世界の全ての人々は記憶を失った状態で、また新しい人生を始めることになる。でも、私はアゾット剣を持っていた時に、世界が崩壊しても以前の記憶を引き継げるようにしたから、今は以前の世界との違いを楽しんでいるけど。世界が再生するたびにあなたみたいな新しい転生者がやってくるから、私の知っているゲームの世界とは物語の展開が変わって面白いの」
ジュリアさんの話では、どうやら世界が崩壊しても、この世界は再生されるらしい。でも、今の記憶を失った状態で、ナルカやマチさんともう一度出会って、一緒に生活できるとは限らない。彼女の話では、今の私はかなりイレギュラーな存在らしい。そうなると、次もうまくいくとは限らない。むしろ、彼女のいうモブキャラとして生涯を終える可能性の方が高いだろう。
「私は今の生活を気に入っている。だから、この世界を崩壊させるわけにはいかない」
「あなた、意外とわがままなのね。自分で崩壊の原因を作り出したんだから、自分でなんとかするしかないわ」
「わかっています。私がなんとか世界の崩壊を食い止めないと――」
「私も以前、止めようとしたけど、結局無理だった。女神様を復活させることも考えたけど、何故か彼女だけは一度倒してしまうと、アゾット剣でも復活させることはできないの。まあ、自分でできることを全てやってみたら? これから起こるすべての天変地異を無かったことにすればいいんだから。アゾット剣を持っている今のあなたならできるかもね。ちなみに世界が崩壊する時に、アゾット剣も消滅してしまうから、何かするなら早めにやった方がいいわよ」
ジュリアさんの言葉が多分慰めにすぎないだろうことはわかっていた。彼女はアゾット剣を持っていた時に、世界の崩壊を止めようとしたはずだから。無敵に思えるアゾット剣だが、自分の認知出来る範囲でしか効果が発動しないというデメリットがある。だから、世界規模の天変地異や大災害には対抗できなかったのだろう。
もし、この世界がジュリアさんのいうゲームの世界だとしたら、セーブデータが消されて、もう一度初めからゲームが始まるようなものだ。そうだとすれば、ゲームの世界の住人にはどうやっても抗うことはできない。
「誰かと思ったら、アリサじゃない。女神の気配が消えたのは、あなたの仕業なの?」
また意外な人物が空間転移の魔法で私の目の前に現れた。この世界に残されている記録を調べるために旅立っていたアンナさんだ。彼女も女神の気配が消えたので、確かめに来たようだった。
「あら、アンナちゃんじゃないの。前回会った時はまだ子供の姿だったのに、随分と大人びたじゃない。身体が成長しない呪いが解けたのね。確か、あなたも一度この世界の女神を倒して、世界を崩壊させたことがあったわね」
「えーと、確かジュリアさんだったわね。この世界になる前の世界であったような気がするわ。ごめんなさい。私も前の世界の記憶を引き継いでいるけど、完全じゃないの。だから私は各地にあるモノリスを調べて、世界崩壊の原因を調べてきた。そして、一つわかったことがある」
「へえ、あなたも何らかの方法で記憶を引き継いでいたのね。それは興味深いわ。ぜひ教えてくれる?」
「いいわ。教えてあげる。あなたはこの世界の各国に、年代不明の古代遺跡があるのは知っているでしょう?」
「ああ、世界各地で見つかっているドーム型の遺跡のことね。距離が離れた場所に点在しているのに、内部構造が全く一緒らしいね。それも、現在でも構造が解明できないほどの高度な技術で作られている。それで考古学者たちが頭を悩ませているとか」
「そうよ。その遺跡なんだけど、どうやらこの世界の自然環境を制御するための施設らしいの」
「それじゃあその施設を使って、この世界の自然環境をコントロールしているわけか」
「そして、それを制御していたのが女神だったの。彼女は何らかの方法で、この遺跡とリンクしていた」
「なるほど。それで、女神様のクラリスがいなくなったことで、この施設の調整が効かなくなって、自然環境が狂い出したってわけね」
「このままでは、いずれ大災害が発生するわ。そうなる前に、施設をコントロール出来れば……」
「何とかなるかもしれないってことね?」
「まあ、やってみないと、わからないけど」
アンナさんのおかげで少しだけ希望が見えてきた。大災害が起きる前にこの世界に存在する全ての施設の制御ができるようになれば、世界の崩壊を防げるかもしれない。
ただ、そうなると、この世界が、何者かによって作り出された、人工的な空間であることになる。それでは、私たちは何者になるの? 私はずっと自分が人間だと思っていたけど、実は人間では無かったの?
でも、そんなことはもうどうでもよかった。この世界を、私とナルカとマチさんが一緒にいられる世界を守れるかもしれない。今の私にはそれがわかっただけで十分だ。




