大天使様に怒られた
私が召喚した英雄ローゼズがローア聖教会の教主マテウスを倒してから一ヵ月が経った。
カタリナさんはマテウスを倒した後、親友にマテウスたちを倒したことを報告するといって、故郷のベルマリク王国へと戻っていた。
アンナさんはローゼズの光によって身体の成長が止まってしまう呪いが解けたらしく、この一ヵ月で急激に身体が成長して、女性にしては背の高いアローラさんと同じくらいまで身長が伸びた。アンナさんの息子のクロード君は、やっと母親として気兼ねなく接することができると喜んでいる。
アイシャさんはアンナさんたちと一緒に冒険をすることになった。この世界には各地にモノリスという不思議な柱があるらしく、アンナさんたちは世界各地を冒険しながらこのモノリスを探し出して、その柱に書かれている文字を解読している。アイシャさんもモノリスに書かれている文章の内容に興味があるらしく、アンナさんたちに同行することを決めたそうだ。アンナさんが解読に成功したモノリスには、この世界を管理する女神のことが書かれており、彼女はその女神と接触する方法を探しているという。
旅立つことになったアイシャさんは、正式にこの小屋を私に譲ってくれた。私はアイシャさんのおかげで錬金術師になれた。だから、いつか必ずお礼させてくださいと約束した。
旅立つアイシャさんとアンナさんたちを見送った私は、錬金術師として、本格的に錬金術協会から紹介された依頼者からの仕事を請け負うことにした。この小屋は、私のアトリエとして錬金術協会に登録されることになった。それからしばらくは、ナルカとマチさんと三人で、錬金術師としての仕事をこなしていった。
そうして、私のアトリエにくるお客が徐々に増えてきた頃に、ブリジットさんから連絡が来た。教主マリウスが失踪したことで、ローア聖教会は今大変なことになっているらしい。マリウスの後継を巡って、内部で権力争いが起きていて、それにうんざりした信者たちの中には、別の宗教に改宗を始めている者もいるとか。各国の要人も行方不明になっているが、その人物たちがローア聖教会と裏で繋がっていたことがわかって、そちらもまあ色々と大変らしい。
ブリジットさんによると、グランレスタでも失踪した上級貴族が何人かいて、彼らがローア聖教会から支援を受けてクーデターを計画していたことが判明して大騒ぎとなっているようだ。
グランレスタの友好国のグランセリアでは、王女アイリスや第三王子のリオン、さらにロイヤルガードのジュリアさんまでもが失踪したということで、更に大事になっているとのことだ。貴族たちの間では、ローア聖教会と繋がりのあった第三王子のリオンが聖教会側に唆されて、王位継承の障害となっていた王女アイリスたちを暗殺したのではないかと噂されているらしい。ブリジットさんは、親友のジュリアさんが行方不明となっていることが気がかりだという。すでに、いくつかの国で、ローア聖教の布教活動を禁じる動きも出ているらしい。まあ、幹部連中が全員いなくなったので、ローア聖教会が崩壊するのは時間の問題だろう。
その後、久しぶりにカタリナさんが私のアトリエを訪ねてきた。今回は私にお願いしたいことがあるという。
カタリナさんは、どうしても、現世に呼び戻したい人物がいるから、私にその協力をしてほしいと依頼してきた。私は、一時的には魂を呼び戻せるけど、魂の器となる身体の方が持たないから、長く現世に留めることはできないと彼女に説明する。カタリナさんは、私と出会うずっと以前から、死者を現世に転生させる方法を調べているらしい。彼女は、ホムンクルスを作って、それを魂の器にすることを考えていた。そして、私にホムンクルスの製造をお願いしたいと言ってきた。
ホムンクルスは賢者の石と同じく、錬金術における最高難度の精製物だ。完全な精製に成功した錬金術師はこれまでに数えるほどしかいないという。
「私が思うに、ほとんどの錬金術師がホムンクルスの精製に失敗しているのは、その素体に魂を入れていないからだ。だが、今のアリサなら、ホムンクルスの身体に魂を呼び寄せることができるだろう? 私は、親友を完璧な状態で復活させたいんだ」
私は、マリウスと戦った時にある方法を思いついていた。あまり好ましい方法だとは思えないが、一応カタリナさんに提案してみることにする。
「ホムンクルスのように、一から人間を作り出すのは今の私でも難しいんです。でも、カタリナさん、あなたにその人を復活させるためなら何をしてもいいという覚悟があるのなら、あなたの身体を使って、あなたの分身体を作るのはどうでしょうか? あのマリウスがアンナさんにやっていた方法とほぼ一緒になるから、私はあまり乗り気じゃないんですが、それでもいいのなら……」
「もちろんだ。人体錬成は最高難度の錬金術だと聞いている。少しでも可能性が高い方がいい。私が復活させたいのは、カッサンドラ・クリムゾン・オークス。私の命の恩人にして、伝説の魔女、ヒルダ・クリムゾンの末裔なのだ。彼女を復活させるためなら、私は何だってする覚悟だよ」
「そこまでの覚悟を持っていると聞いて、安心しました。それでは、準備をするので、少し待っていてください」
私はフラスコの中に、栄養素の豊富な特殊なポーションを体液に近い組成になるように調整して作った細胞培養液を注いで封をする。
「今から空間転移魔法でこのフラスコの中にカタリナさんの細胞をいくつか移動させます。ほんの少しだけなので、カタリナさんの身体には影響は無いはずです」
私は空間転移魔法を繊細にコントロールして、カタリナさんの細胞をほんの少しだけ、フラスコの中へと移動させた。
「成功しました。でも、ごく僅かですので、魔力で視力を強化しないと見えないと思います」
「確かに、フラスコの中に何かが見える。これが私の細胞なのだな?」
カタリナさんは自身の眼に魔力を集中させながら、興味深そうにフラスコの中を覗いている。
「ええ。このまま、細胞培養液の温度を人間の体温と同じぐらいに保っておくと、徐々に細胞が増殖していきます。ですが、このまま細胞を培養しても、人間の形にはならないんです」
「それじゃあ、この細胞を人間に変化できるようにするんだね?」
「そうです。カタリナさんの細胞に回復魔法で刺激を与えて、万能細胞と呼ばれる状態に変化させます。この万能細胞は、身体の様々な部位の細胞になることができます。ここまでは回復魔法で身体を再生するのと同じ方法です」
「なるほど。回復魔法では身体が元の状態に再生するイメージを具現化しているわけだが、実際に体内ではそのような現象が起きていたわけだ」
「はい。だから今回、この万能細胞を高等魔術言語の術式で操作して、胚と呼ばれる小さな人体の元を作ります。すでにフラスコにそのための術式を書いておきました」
「そして、その胚を、空間転移の魔法で私の子宮に移動させるのだな?」
「さすがカタリナさん。そのとおりです。この胚はカタリナさんの子宮の中で、胎児へと成長するはずです。そして、普通の胎児と違って、この胎児はあなたの体内の魔力を糧にして成長していきます。この時、カタリナさんの子宮の中は、胎児を守るために、羊水の代わりに魔力を宿した体液で満たされるはずです。この胎児は、普通の胎児ではなくて、カタリナさんの細胞から作った、あなたと同じ身体を持った分身体です。ある程度の大きさまで成長すると、本物の赤子と同じように子宮から出てくると思います」
「なるほど。私と同じ身体を持った分身体がお腹の中にできるのか。それが成長して、ホムンクルスの代わりになるってわけか」
「そうです。カッサンドラさんの魂を分身体に呼び寄せるのは、カタリナさん自身にお任せします。分身体は、魂が入っていない器の状態です。そのまま産まれてきても、分身体の体内にあるカタリナさんの魔力が無くなった時点で消滅してしまいます」
「よくわかったよ。魂を現世に呼び寄せる魔法は、私も知っているので大丈夫だ。それじゃあ、お願いするよ」
こうして、私はカタリナさんの分身体の元となる胚を作り出して、彼女の子宮の中へと移動した。
これは一から人間を錬成したわけでは無いから、本来の意味でのホムンクルスでは無い。今の私は知っている。本物のホムンクルスを精製するには、賢者の石が必須となることを。だから、賢者の石を持たない今の私には無理な話だったのだ。
そして次の日、また新たな人物が私に会いにきた。
「こんにちは。お話があるんだけど、いいかしら?」
私のアトリエに来たのは、二人の男女だった。
「あなたが錬金術師のアリサね。今日は大切なお話をしに来たの。聞いてもらえるかしら?」
「構いませんが、どのような内容でしょう?」
「まずは自己紹介した方がよさそうね。私は大天使ミカエラ。こっちは、一応私と契約している聖騎士のブラッドよ」
「一応だなんて、嫌な言い方はよしてくれ。始めまして。ブラッドです。よろしく」
いきなり大天使だなんて言われても――。私は半信半疑だったが、彼女の話を聞いてみることにした。
「今回、私はあなたに警告にきました。あなたは死者を転生させるという、神の領域の力を使いましたね。これは、人間には許されていない行為で、本来なら罰を与えなくてはいけないのです」
「神様たちには私たち人間の行動は全てお見通しというわけですね。ですが、あの時は……」
「まあまあ、話を最後まで聞きなさい。あなたはギブリスたちの正体を暴き、彼らを倒してくれました。そこで、今回は大目に見て、私が警告するだけで済ましてあげましょうということです」
「なるほど。これは脅迫ですか?」
「まあ、優しく話してあげてるのに脅迫だなんて。いいですか。人間は人間らしく生きる。それが我が主である女神クラリスの方針です。あなたは今回、人間の理を超えてしまった。次は許されませんよ」
「私が何をするのかは私が決めることです。あなた方に強制される筋合いは無い」
「あなた、意外と頑固なのね。まあ、警告はしましたからね」
私の返答に、大天使ミカエラは明らかに不機嫌そうな顔をしている。
「なあ、アリサさん。ミカエラはこう見えて優しいんだ。他の大天使たちはわざわざ警告になんてこないからね」
「もう、ブラッド。余計なことを言わないの」
ミカエラが頬を膨らましていじけている。どういう関係なのかはわからないが、この二人は本当に仲が良いのだろう。
「わかったわ。わざわざ忠告しに来てくれて、ありがとうございます」
「……私は、できればあなたを処罰したくないの。それだけはわかってね」
そう言い残して、ミカエラたちは私のアトリエを後にした。




