アイシャさんを全力で守った
カタリナさんの見立てのとおり、私たちの暮らす森にローア聖教会のグレア聖騎士団が攻めてきた。
私は事前にレイさんたちと対策を練っていた。レイさんたちは森の精霊と協力して、この森の警戒をしてくれている。私は、聖騎士たちを足止めするために、森の中にいくつかのトラップを仕掛けておいた。まだ身体が完全に癒えていないアイシャさんも、トラップやアイテムの精製に協力してくれた。
「くっ、四方から矢が飛んでくる」
「バカな、敵の気配はしなかったぞ!」
私の仕掛けたトラップにうまく引っかかったのか、遠くから人間たちのざわつく声が聞こえる。
「狼狽えるなお前たち。ただの仕掛け罠だ。気にせず進め!」
私は周囲に魔力を飛ばして、森の中の状況を感知する。複数の人間が、小屋を目指してやってくるのがわかる。想定はしていたが、やはり聖騎士団なだけあって、人数が多い。警戒に出ていたレイさんたちが必死に足止めをしてくれているが、それでもなお、多くの聖騎士たちがアイシャさんのいる小屋へと向かってきていた。
「気をつけろアリサ。こいつらはかなり手強い。足止めしようとしたんだが、すぐに突破されてしまった。本当にすまない。正直、みんなを守るだけで精一杯だ」
「レイさん、ありがとう。後は私がやるから、そのままみんなを守ってあげて」
私たちは会話の出来る魔道具を使って連絡を取り合っていた。
レイさんたちがうまく足止めしてくれたおかげで、森の中をバラバラに進軍していた聖騎士たちが、今は一つにまとまっている。私は、小屋からかなり手前にある、木が伐採されていて見通しが良い場所で、聖騎士たちを迎え撃つことにした。
ナルカとマチさんにはいざという時のために、小屋でアイシャさんを守ってもらっている。
私は、聖騎士たちを足止めするために、わざと彼らの前に姿を現す。私の姿を確認した聖騎士の一人が、手で合図を送って他の聖騎士たちを停止させた。
「小娘が一人で出てくるとは、舐められたものだ。お前一人で我々を止められるとでも思っているのか?」
「止められないと思ったら、わざわざ姿を現さないわ」
「勇気と無謀は違うということを教えてやろう。我々は手加減はせんぞ!」
「私は一人で戦うなんて、一言も言ってないわよ」
私は事前に準備しておいた複数の土人形のコアに両手で魔力を流し込んでから、地面にばら撒く。私の魔力で起動したコアは、周囲の土を取り込んで、あっという間に聖騎士たちよりも大きなゴーレムになった。
「一瞬で複数のゴーレムを作り出すとは。やはり錬金術師というのは厄介な存在だよ!」
聖騎士たちは私の作ったゴーレムと相対して、戦闘態勢を取る。
「グレア聖騎士団長アルガスの名において命ずる。ゴーレムと錬金術師の少女を撃破せよ!」
聖騎士団長アルガスが聖剣を私の方へ向けて部下に命令を下した。
私の作ったゴーレムのコアには、ゴーレムが自立して行動できるように高等魔術言語で術式を組んである。体格差で勝るゴーレムたちは聖騎士たちを足止めできる程度には戦うことができている。
私は、聖騎士たちと戦うゴーレムたちを攻撃魔法で援護しながら、アルガスの注意を惹きつけるために彼に近づいていく。
「この私と戦うつもりか。いいだろう。その勇気に免じて、苦しまぬように、一撃でその首を刎ねてやる」
アルガスが聖剣を引き抜いて、剣に魔力を込めると、彼の剣は魔力で青白く輝きだした。アルガスは恐ろしく強いのが、彼から発せられている殺気でわかる。私の第六感が、彼に近づくなと警告している。彼の間合いに入れば、間違いなく私は彼に斬りつけられて致命傷を受けるだろう。
だから、私はアルガスの剣の間合いギリギリの、絶妙なタイミングで、ゴーレムのコアに仕込んだ仕掛けを発動した。
バァン、バァン、バァン、バァン……。
聖騎士たちと戦っていたゴーレムたちが、次々と爆発していく。私は、予めゴーレムのコアに自爆の術式を仕込んでおいた。私の合図で、ゴーレムたちは聖騎士を巻き込んで自爆した。不意をつかれた聖騎士たちは、大きなダメージを負ってその場に倒れ込んだ。そのまま彼らは苦しそうにもがいて、立ち上がれないでいる。
「バカな、ゴーレムが自爆しただと!? おのれ小娘が――」
ゴーレムたちが爆発したことで、アルガスにも一瞬の隙が出来た。私はその隙を逃さない。私は腰から素早くマシェットを引き抜くと、彼の鎧の隙間に刃を差し込んだ。
「このマシェットには少量でも人間を死に至らせる猛毒が塗ってある。あなたたちにはここで死んでもらう」
私はアルガスの鎧からマシェットを引き抜くと、私が調合した毒を入れた鞘にマシェットを戻して猛毒を刃に塗り直す。そのまま私は、残りの聖騎士たちの身体も猛毒のついたマシェットの刃で貫いていった。
猛毒に身体を侵された聖騎士たちは次第に動かなくなった。
「あらあら、大人たちが揃いも揃って、小娘一人にやられるとは、情けないわねえ。これだから人間は信用できないのよ」
突然、私の目の前に黒いドレスを着た妖艶な雰囲気の女性が現れた。まったく気配が感じられなかったので、驚いた私はすぐに彼女と距離を取った。
「クロウリーを倒したのはあなたね。アルガスを突き刺した時のあなた、まったく迷いが無くてよかったわ。見ていてゾクゾクしちゃった」
黒いドレスの女性は妖艶な笑みを浮かべながら私を見つめている。
「クロウリーのことを知っているとは、お前はギブリスだな。アイシャを渡すわけにはいかない。ここで倒させてもらう!」
「まあ、殺気だっていて怖いわ。でも、怖い顔も素敵ね。これから殺すのが勿体無いくらい。ああ、そんな冷たい眼で睨まれるなんて、もうたまんないわ」
女性のギブリスは、指を舌で舐めながら私を見つめ続けている。
「お前はナルキッスだな。確か、女性に化けているギブリスはナルキッスしかいないはずだからな」
「あらあら、そこまで知っているの。どうやって調べたのかはわからないけど、すごいわねえ。でも悲しいわ。私たちの秘密を知ったからには、やっぱり死んでもらわないといけないからね」
ナルキッスは、懐から赤く輝く石を取り出した。
「そこまで知ってるとなると当然、私の能力も知ってるわよね? だったらこういうのはどうかしら?」
ナルキッスが赤い石を空へと掲げる。すると、私が倒したはずの聖騎士たちがゆっくりと立ち上がる。
「そんな……お前が持っているのは、賢者の石……」
「ふふ、正解。見ただけでわかるなんて、さすが錬金術師なだけあるわ。アイシャが作ったものを聖教会で没収したの。そして、マリウス様から私がいただいたのよ」
ナルキッスが持っているのはアイシャが精製した賢者の石だった。
「マリウス様によると、この賢者の石は、まだまだ不完全なものらしいんだけど、それでもこうやって人間を復活させられるんだからすごいわよねえ」
ナルキッスは賢者の石で、私が倒した聖騎士たちを転生させて操っている。しかし、不完全な賢者の石では、聖騎士たちの肉体を完全に再生することが出来ない。
「聖騎士たちの肉体は完全には再生しきれていない。それなら、身体を燃やし尽くしてしまえば……」
私はナルキッスに操られて襲いかかってくる聖騎士たちの身体が再生できなくなるように、炎の魔法で焼き尽くした。
それでも聖騎士たちはナルキッスに賢者の石で無理やり復活させられる。私に身体を燃やされてからは回復が追いつかなくなり、彼らはゾンビのような状態になっていったが、それでも、彼らは賢者の石の力でナルキッスに復活させられて、私を攻撃してきた。
「おもちゃのように死んだ人間を弄んで! 絶対に許さない!」
その光景をみて、私はナルキッスに激昂する。しかし、何度も蘇る不死の騎士となった聖騎士たちに、次第に私は押されていった。
「人間のくせに、結構粘るじゃない。さすがクロウリーを倒しただけのことはあるわ。でも、そろそろ限界よね?」
私の魔力がそろそろ尽きてしまう。もう、聖騎士たちからの攻撃をかわすだけで精一杯だ。せめて、ナルキッスから、賢者の石さえ奪えれば……。
「まったく、そんな奴に手こずってもらっては困るな。君は一度僕を倒しているんだから」
突然、私の前に盗賊のような見た目の男が現れる。彼は空間転移魔法でナルキッスの背後に一瞬で移動すると、彼女の手から賢者の石を奪い取る。そのまま、彼は昔マチさんが捕らえられた檻を使って、ナルキッスを閉じ込めた。
「ちょっと、どういうつもりなの? 突然檻の中に閉じ込めるなんて、失礼じゃないの!」
檻の中のナルキッスが怒って男に抗議している。男はナルキッスの問いかけを無視しながら、賢者の石を握りしめる。
「紛い物の石なんて、僕は嫌いだよ」
男はそのまま賢者の石を砕いてしまった。石が砕け散ったことで、ナルキッスに操られていた聖騎士たちは動かなくなった。
「キサマぁぁ、よくも私の石を破壊してくれたなぁぁ!」
賢者の石を破壊されて怒り狂ったナルキッスは、ギブリスの姿へと戻って檻を破壊しようとする。
「その姿、お前はギブリスだね。彼女は僕の獲物なんだ。勝手にちょっかいを出されては困るな」
男は檻に手を触れて魔力を流し込む。
「グアアアアア……」
男の魔力に当てられたギブリスは、まるで金縛りにでもあったかのように動かなくなった。
檻の中のギブリスが動かなくなったのを確認すると、盗賊風の男は私に話しかけてきた。
「久しぶりだね、アリサ。僕、新しい身体を手に入れたんだ。どうかな?」
「あなた、あの時少年に憑依していた人よね? 今度はその男に憑依したの?」
「ふふ、そうだよ。今日は挨拶に来たんだ。あの時から君もだいぶ強くなったようだね。でも、まだまだ君は強くなる。そしたら、また僕と戦ってもらうよ。今度は負けないからね」
「今回はありがとう。でも、私はあなたには負けないわ。マチさんのこと、私、まだ許してないから。覚悟してね」
「それでいい。また君が強くなった頃に会いにくるよ。じゃあ、またね」
男は檻に入れたギブリスを連れて、空間転移魔法でどこかへと立ち去った。




