毒の製作依頼を受けた
私が錬金術協会に登録し、Aランクの錬金術師となったことで、私たちの住む森の中の小屋にも、客が仕事を依頼しに訪れるようになった。
その日も、とある客が小屋に仕事を依頼するためにやってきた。
「ネズミ駆除用の毒を作ってもらえますか?」
依頼人は礼儀正しい男だった。私に丁寧に依頼内容を伝え、Aランクの錬金術師であるあなたにぜひお願いしたいと話してきた。
「ネズミの駆除なら、街で売られている毒でも十分なのでは?」
「ネズミたちは、すでに魔物化してしまっていて、通常の毒では駆除しきれません。それに、彼らは私たちの想定を超える早さで繁殖して、どんどん数が増えています。一度で仕留められるように、出来るだけ強力なものをお願いしたいのです」
「わかりました。出来るだけ効果の強いものを作ってみますね」
彼はゼルニカという街から来たという。ネズミが媒介する病気は致死率が高く恐ろしいと聞いた事がある。このまま街でネズミの魔物が増え続ければ、疫病が流行って大変なことになるかもしれない。毒を作るという行為は、冷静に考えると慎重にならなければならないのだが、この時の私は、何も問題はないと軽く考えていた。何より、私の作った毒で、街の人々を救う事が出来るのなら、こんなに誇らしい事はないとまで考えていた。
私は夜遅くまで地下の作業場にこもり、細心の注意を払って毒を調合した。ネズミの魔物の息の根を確実に止めるために、身体を麻痺させて動けなくする毒と、酸素を体内に取り込めなくする毒を混ぜ合わせた。
翌日、私の小屋に依頼人が毒を受け取りにやってきた。私は、毒を瓶に詰めて、彼に手渡した。彼は私に何度も頭を下げてから、森の中へと立ち去っていった。
——数日後。
私の小屋にやってきた客と何気ない雑談をしていた時、ゼルニカの街で大量の死者が出たという話を聞かされた。水を飲んだ人々が動けなくなり、そのまま亡くなってしまったという。
「そんな、まさか……」
私の作った毒が悪用された?
この話を聞いた瞬間、私は足元から崩れ落ちそうになった。間違いなく、私の作った毒が原因だ。依頼人の男かその仲間が、何らかの理由で街の水源に毒を混入したのかもしれない。だとしたら、私は、大勢の命を奪う手助けをしてしまったことになる。
私は手が震え、思わず吐きそうになる。
迂闊だった。この依頼は断るべきだった。強力な毒を作るなんて、どう考えてもおかしい。でも、あの時の私には、そうすることが出来なかった。それがたまらなく悔しかった。
その夜、地下の作業場でうなだれていると、マチさんがやってきて声をかけてくれた。
「気にしない方がいいわアリサ。あなたは何も悪くない」
「マチさんは優しいね。でも、私が毒を作ったから、沢山の人が亡くなってしまった。何の罪も無い人たちが、大勢……」
「それは違うわ。だって、道具は使いようだもの」
マチさんは私を慰めるように、優しい口調で話しかけてくれている。
「例えば、包丁だって、食事を作って飢えている人を助けることにも使えるし、刺したり斬りつけたりして人を殺すことにも使える。これは毒を使った人間の問題で、毒を作った人間に罪は無いの」
「でも……私は……」
「アリサ、あなたは誰かを傷つけようと思って毒を作ったの?」
「それは違う。私は人を助けようと思って作った……」
「そうでしょう。それならあなたは、錬金術師としての仕事をきちんとこなしただけ。毒をどう使うかは依頼人が決めたこと。だったら、それをあなたが背負う必要は無いんじゃないかしら? 私はそう思うけど」
マチさんの言葉で私は心が軽くなった。それでも――。
私に罪はない。本当にそう言い切れるのだろうか?
私が依頼を受けなければ、ゼルニカの人たちは死なずに済んだ。無知だった。無警戒だった。その結果、大勢の人が死んだ。それでも「私は悪くない」と言っていいのか?
確かに、マチさんの言うように、私は毒を作って人を傷つけるつもりはなかった。ただ、街の人々を助けるためになればと思って作っていた。
「あなたが錬金術師である限り、今回のようなことはきっとまた起こるわ。それが嫌なら、もっと自分の作ったアイテムがどんなふうに使われるのかを想像するしかないと思う。自分の作ったアイテムがどのように使われるのか、メリットとデメリットを考えて、デメリットが多いと考えれば、仕事を断ればいいんじゃないかしら? それが出来るのが、本当に優秀な錬金術師だと私は思うわ」
「ありがとうマチさん。もう少し考えてみるね」
私はその後、一晩中考えていた。
錬金術は人を救うことも、殺すこともできる。その事実からは逃れることはできない。それが錬金術師になった私の背負う責任なんだ。それなら――。
翌朝、私は小屋の入口に張り紙をした。
「毒物の依頼、一切お断り」
これは私が自分で決めたルールだ。
私の作るアイテムが、二度と誰かを不幸にすることのないようにしたいから。




