冒険者夫婦と冒険してみた
エルザさんに、ジーナとライナスという冒険者の夫婦を紹介された私たちは、フラニーさんと一緒に隣街のブレイズベリーに向かっていた。
「フラニーさんは魔法使いなんですよね?」
「ええ、そうよ。冒険者でもあるわ。エルザもね」
「そうだったんですか?」
錬金術師のエルザさんも冒険者だったことに、私は驚いた。
「錬金術師って素材を集める必要があるから、掛け持ちで冒険者をやってる人、多いのよ。エルザがケガをしてからは、私たちはお休みしてるけどね」
「エルザさん、ケガしたんですか?」
「冒険中に事故にあったの。幸い、ケガ自体は治ったけど、エルザはトラウマを抱えてしまってね。それからは、私とエルザは冒険者をお休みして錬金術に力を入れているの。必要な素材集めもジーナたちにお願いしているわ。簡単に手に入るものは私が取りに行くけどね」
フラニーさんは背が高く、緑色のロングヘアがよく似合う。エルザさんとフラニーさんと、これから会いに行くジーナさんとライナスさんは昔冒険者パーティーを組んでいたらしい。冒険中に事故で大怪我をしてから、エルザさんはフラニーさんとともにメリーウェルで錬金術の店を始めたようだ。
フラニーさんとお話ししながら歩いていくと、道の先に大きな街が見えてきた。
「あれがブレイズベリーの街よ」
「大きな街ですね」
「メリーウェルと同じぐらいの規模ね。でもこっちは住宅街が多いの。ジーナたちもそこに住んでいるわ」
ジーナさんとライナスさんの家はブレイズベリーの西側にある住宅街にあった。
「やあ、フラニー。この人たちがエルザが話していた錬金術師さんだね」
ジーナさんたちは家の入口で待っていてくれた。
「はじめまして。私はジーナ。こっちは旦那のライナスだよ。旦那っていっても、私より十二歳も若いけどね」
「ライナスです。よろしくお願いします」
ジーナさんは赤いショートボブの髪をしたお姉さん。ブレイズベリーのみならず、世界的に有名な冒険者らしい。ライナスさんは金髪で青い瞳のまだ若い優男。おそらく、私と歳はそんなに離れていないと思う。彼は子供の頃からジーナに憧れていて、冒険者の彼女に弟子入りしたらしい。そのまま二人は冒険を重ねるうちに親密となって、結婚したようだ。
「エルザから話は聞いたけど、今回アリサたちが必要な火喰い鳥の涙っていう素材は特殊な魔鉱石でね。このブレイズベリーの周辺だと、ミオス山っていう火山の火口に続いている洞窟に取りに行く必要があるんだ」
「火山の火口ですか。かなり暑そうですね」
「ああ。それに、ミオス山は炎の精霊の加護を受けている場所だから、余計に暑いんだ。普通の状態では五分も身体が保たないから、魔法で身体を冷やしながら進むしかない。それぐらい過酷な場所だよ」
「入手難易度が高いってことですね」
「そういうこと。まあでも、私たちと一緒なら、なんとかなるだろう。今回はフラニーもいるしね」
「安心して。私も全力でサポートするわ」
フラニーさんがジーナさんたちの背後から二人の肩に腕を回して答えた。この三人は本当に仲が良いようだ。冒険者パーティーを組んでいた時も楽しそうに活動していたのが容易に想像できる。
「よろしくお願いします」
私たちは、ジーナさんたちと一緒にミオス山の洞窟を探索して、火喰い鳥の涙という魔鉱石を取りに行くことになった。
ブレイズベリーから一時間ほど歩いて、ミオス山のふもとにある洞窟の入口に着いた。洞窟の中からは強烈な熱気が吹き出してくる。火山の影響で、洞窟全体が灼熱のような暑さらしい。
「ここからは奥に進むに連れてどんどん暑くなる。魔法で身体を冷却ながら進んでいくよ」
ジーナさんの合図で、私たちは自分たちの身体に魔法で冷気を纏わせる。幽霊のマチさんはこの暑さでも平気なようだが、暑さに弱いナルカが辛そうにしている。
「はぁ、はぁ……」
「ナルカ、大丈夫?」
「ごめん。ボク、暑いの苦手なんだ」
「手を出して、ナルカ」
私はナルカの手を握ってナルカの身体に魔力を送り込むことにした。
「私の魔力をナルカにあげる。これでどう?」
「大分楽になったよ。ありがとう、アリサ」
「よかった。このまま手を繋いでいきましょう。そうすればきっと大丈夫だから」
私の魔力をナルカの体内に注ぎ込んで、ナルカの魔力量が一時的に増えたことで、身体を纏う冷気の量が増えて、なんとかこの場所の暑さに耐えられるようになったようだ。私はナルカと手を繋ぎながら洞窟の中を進むことにした。
洞窟の中は薄暗いが、ジーナさんたちが手に持ったランプで洞窟の周囲を照らしてくれている。しばらく進むと、この洞窟の暑さに耐えられなかったと思われる狼の魔物が横たわっていた。ジーナさんが確認したところ、魔物はすでに息絶えていた。
「こいつはこの洞窟内に生息している魔物じゃない。入口からこの洞窟に入り込んで、ここの暑さに耐えられなくなって死んだようね。かわいそうに」
かわいそう? 確かにそうなのかもしれない。でも、ジーナさんが言ったその言葉を聞いて、今の私は魔物に対して何の感情も抱いていないことに気づいた。この世界に来て、魔物の死を見過ぎて、魔物をたくさんこの手で殺して、それが当たり前になっていた。死に対して、感情が麻痺してしまっている。
それに気がついた私は、自分の変化に、少しだけ怖くなった。魔物だって生きている。それは当たり前のことだが、今の私は、魔物を生物では無く、ただの物体として扱ってしまっている。魔物に対して手をかけることに、何の躊躇いもない自分がここにいる。
でも、それでいいんだ。余計なことを考えていると、自分がやられてしまう。この世界の魔物たちは、私を本気で殺そうと、命を狙ってくる。実際に、この世界で私は何度か死にかけている。やらなければ、やられるのは私だ。相手に情けをかければ一瞬で殺される。だから、これでいい。私はそう思うことにした。
これが、この世界で生き延びるために、私が成長したということなんだろう。私の大好きなナルカとマチさん。二人がずっと一緒にいてくれれば、それでいい。そのためなら、私は何だってするつもりだ。
ジーナさんは、この洞窟はミオス山の火口付近まで続いていて、そこには火喰い鳥がいることと、その火喰い鳥の吐く炎を受けて、火の力を宿した鉱石が火喰い鳥の涙だということを私たちに教えてくれた。
「この先にいる火喰い鳥との戦いは避けられないよ。炎の精霊の加護を受けて強化されているから、まともに戦ったら勝ち目は無い。すぐに全員やられてしまうだろう。だけど、しばらく足止めをするぐらいなら私たちでも出来る。私とライナスとフラニーで火喰い鳥を引きつけるから、その間にアリサたちは火喰い鳥の涙を回収してくれ」
「わかりました。それでお願いします」
洞窟の最奥はマグマの海になっていた。その上空を火喰い鳥が火の粉を撒き散らしながら優雅に飛んでいる。
「いくよ、ライナス、フラニー」
「はい、ジーナさん」
「三人で戦うのは久しぶりね。ワクワクするよ」
ジーナさんたちは三方に別れて氷の魔法で火喰い鳥を同時に攻撃する。怒った火喰い鳥は炎を吐き出して三人に反撃した。
「前回戦った時よりも炎の勢いが増している?」
ジーナさんたちはギリギリのところで炎を回避しようとしたが、ライナスさんが炎を避けきれずにダメージを受けてしまった。
「ぐっ。こいつ、前に戦った時より強くなっている!」
「大丈夫かライナス、今回復するよ」
フラニーさんが火傷をしたライナスさんに素早く回復魔法をかける。
火喰い鳥は何故か凶暴化しており、以前ジーナさんたちが戦ったときよりもずっと強くなっていたようだ。
「まさか、ここまで強くなっているとは――。ライナス、大丈夫かい?」
「何とか。でも、正直、攻撃をかわすだけで精一杯です」
火喰い鳥の予想外の強さに三人は苦戦している。見かねた私も魔法で加勢しようとするが、マチさんに止められた。
「ここは私が何とかするわ。アリサたちは火喰い鳥の涙を取ることに専念してね」
「でも……」
「大丈夫よ。いざとなったら実体を消せばいいだけだから」
マチさんはジーナさんたちの前に出ると、流れるような動きで火喰い鳥の吐く炎を回避しながら、氷の魔法を飛ばして火喰い鳥の気を引きつけてくれた。
「あんた、すごいじゃないか」
ジーナさんが驚いている。マチさんがこんなに戦うのが得意だなんて知らなかった私も驚いた。さすがマチさんだわ。
「ふふ。私、なんとなくわかるのよ。この鳥さんがどう動くのかがね」
怒った火喰い鳥が広範囲に炎を吐き出してきた。マチさんの周囲を炎が包み込む。これでは回避することができないと思った私は思わず叫んだ。
「マチさん!」
しかし、マチさんは実体を消してを炎を回避した。マチさんの着ていた服だけが燃えて黒焦げになる。
「もう。この服、結構気に入っていたのにー」
再度実体化して裸になったマチさんがため息をつく。ジーナさんたちは驚きを隠せない。
「もしかしてあんた、不死身なのかい?」
「不死身かどうかはわからないけど、まあ、似たようなものなのかもね」
マチさんはくすくすと笑っている。まだ若いライナスさんはマチさんの裸体を見ないように視線を落としていた。
「アリサ、今のうちよ。私が気を引きつけてるうちに、火喰い鳥の涙を回収してちょうだい」
「わかった。マチさんありがとう」
マチさんは実体を消した状態だと空を飛べる。そのため、何度も空中で身体を実体化して火喰い鳥を引きつけてくれた。その間に私たちは火口のすぐ近くまで近づいて、無事に火喰い鳥の涙を回収することが出来た。
「マチさん、火喰い鳥の涙を回収出来た」
「了解。それじゃあここから離れましょう。もう少し私が火喰い鳥を引きつけるから、先に行ってていいわよ」
「マチさんありがとう。お願いします」
私たちは洞窟の入口へと走った。私たちが洞窟から出てすぐに、マチさんも洞窟から出てきた。
「よし、何とか火喰い鳥の涙を採取して入口まで戻ってこれたね」
「まさか、火喰い鳥があそこまで強くなっているとは思わなかった。マチさんがいなかったら全員やられていたかもしれない」
「マチさんがずっと火喰い鳥を引きつけてくれたおかげです。本当にありがとうございます」
「いえいえ。みんなが無事に戻ってこれたから、本当によかったわ」
みんなが喜んでいる中、私は何故か不安な気持ちになっていた。私たちの他にもう一人、洞窟の中に姿を隠した人物がいるような気配を感じていたからだ。この不安は、後に最悪な形で的中することになる。それに私が気づくのは、もう少し先の話だ。




