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錬金術師が助けてくれた

 私たちがメリーウェルに到着した時、周囲はすでに暗くすっかり夜になっていたので、今日はこのまま宿屋に泊まり、翌日に街を散策することにした。

 次の日は、朝から呪いを具現化するアイテムの精製に必要な素材を探しに、メリーウェルの街を散策することにした。私たちが街のよろずやで商品を眺めていると、店主のおじいさんが話しかけてきた。


「熱心だね。君はまだ若そうだが、錬金術師なのかな?」


「はい。錬成用の素材を探しているのですが、なかなかいいものが見つからなくて」


「やはりそうか。私の店で熱心に商品を観察するのは錬金術師ぐらいだからねえ。よかったら、この街にいる錬金術師の知り合いを紹介しようか? 彼女はこういう素材に詳しいから、入手方法を知っているかもしれないよ」


 白い髭を生やした店主は私に素晴らしい提案をしてくれた。


「確かに、知識のある方にお聞きするのが素材発見への近道ですよね。店主さん、ぜひお願いします。その人を教えてください」


 私は店主から、錬金術師のエルザという女性を紹介してもらった。


「店主のおじいさんは、錬金術師さんは商店街の外れに店を構えているって言ってたけど……」


「アリサ、この店じゃないかしら?」


 マチさんがエルザさんの店らしき建物の入口を見つけてくれた。


「お邪魔します」


 店の入口の扉を開けると、地下への階段が続いていた。階段を降りた先の部屋に、一人の女性が立っている。彼女の長い銀色の前髪の奥で、紫色の瞳が優しく私を見つめている。

 

「いらっしゃい。あなたがかわいい錬金術師さんね? よろずやのユーゴさんから話は聞いてるわ。この商店街の人間は魔道具という特殊なアイテムを持っていてね。それで離れていても会話が出来るのよ」


「なるほど、そうだったのですね。はじめまして。錬金術師のアリサです」


「アリサの友達のナルカです」


「二人の保護者兼お姉さん役のマチです」


 私たちはそれぞれエルザさんに挨拶をした。マチさんの挨拶が面白くて、私は思わず笑ってしまった。


「あらあら、三人とも、とっても仲が良さそうね。うらやましいわ。私がエルザよ。よろしくね。あ、私にもパートナーがいるの。紹介するわね。フラニー。こっちに来てくれるー?」


「はーい。今行くー」


「フラニーは魔法使いで、魔法で色々と助けてもらっているの。私、魔法苦手だからさ」


 私は、この店にいる錬金術師のエルザさんと、彼女のパートナーである魔法使いのフラニーさんに、今回呪いを具現化するアイテムを錬成して、とある人物の呪いを解こうとしていることを説明することにした。マチさんから、余計なことを話すと面倒になるかもと言われたので、私は必要最低限、今回の目的だけを話した。


「なるほどねえ。フラニー、どう思う?」


「呪いを具現化するっていうのは面白いアイディアだと思う。でも、それだけでは危険すぎるんじゃない?」


「私もそう思う。呪いが強力だった場合、その呪いは強力な魔物になって手がつけられなくなるよ」


「それは私も心配しています」


「それなら、呪いを封印するアイテムを作ったらどうかしら? 例えば、身代わりになる人形とかを作って、そちらに呪いを移してしまうの」


「なるほど。呪いを移すというのはいいアイディアですね」


「提案しておいてなんだけど、私、呪いを移すアイテムは作ったことがないんだよ。アリサは錬金術協会に入ってるの?」


「いえ、私は独学で勉強しているので……」


「そう。それは勿体無いわ。錬金術協会に入ると、錬金術に必要な様々な情報にアクセス出来るの。呪い移しのアイテムの情報も、きっと手に入るわよ」


 エルザさんから、まずは錬金術協会に所属してはどうかと提案を受けた。彼女によると、新しく協会に入会するためには試験を受ける必要があるが、協会に所属している高ランクの錬金術師が推薦状を書けば、この試験を受ける必要が無くなるらしい。


「次の入会試験は一ヶ月後なんだけど、それまで待てないでしょう? 私が推薦状を書いてあげてもいいけど、その前に、あなたの錬金術の腕前を確かめさせてもらってもいいかしら?」


「もちろんです」


「オーケー。それじゃあ、このポーションを作ってもらおうかな」


 エルザさんは推薦状を書く条件として、とある特殊なポーションの作成を提示してきた。


「私が調合したこのポーションと同じものを調合出来たら合格とします。ただし、レシピは教えません。アリサが自分でこのポーションを分析して、素材を当ててみてね。使った素材は全てここにあるものだから」


「わかりました。ここの作業台を使わせていただきますね」

 

 レシピを見ずにエルザさんの調合したポーションと同じものをその場で再現するという課題が出る。私はまず、このポーションを手に取ると、液体の状態を確認した。淡い緑色をしていて、泡は出ていない。フラスコを少し振ってみたが、純度が高いようで濁りもない。匂いは少しだけ甘い香りがする。少量を口に含んで味を確認する。優しい甘さと、薬のような独特の風味が感じられた。これは、リコリスという植物特有の味だ。

 私はまず、ベースとなるポーションを調合してから、棚の上から乾燥したリコリスを手に取った。乾いたリコリスの葉を乳鉢でしっかりとすり潰してから、ポーションの中に少しずつ加えていく。エルザさんのポーションの色と見比べながら、リコリスを配合する量を慎重に調整する。


「完成しました」


「どれどれ」


 エルザさんは私の手からフラスコを取り上げると、軽く振りながら液体の様子をのぞいている。そして、匂いを嗅いでから、ゆっくりと口をつけた。


「さすがだね。素材の調合も丁寧に行なっているし、リコリスの配合も完璧だ。合格だよ」


 私は、彼女の課題のポーションを再現することに成功した。やはり、自分のことを錬金術師として認めてもらえるのはうれしい。毎朝錬金術の研究をしておいて、本当によかった。


「疲れただろう? 今から推薦状を書くから、少しゆっくりしていてね。フラニー、みんなに紅茶とお菓子を出してあげて」


「はーい」


 エルザさんに推薦状を書いてもらい、私は街の西側にある錬金術協会へ向かった。申請のために彼女もついてきてくれた。


「あら、エルザさん。お久しぶりですね」


 受付のお姉さんがエルザさんに声をかける。


「久しぶりだね、エマ。元気そうでなによりだよ。今回はこの子の推薦状を持ってきたんだ。錬金術協会に入会させたい」


「なるほど。その子を推薦しに来たんですね」


「はじめまして。アリサと申します」


「はじめまして。錬金術協会メリーウェル支部所属のエマです。あなたは、当協会に入会希望ということでよろしいですね?」


「はい。よろしくお願いします」


「わかりました。それでは手続きをします。こちらへどうぞ」


 私は受付のエマさんに教えられながら、協会の入会手続きの書類を書いて、最後にサインを書いた。


「アリサさん。これであなたは正式に錬金術協会の一員となりました。本来ですと、最初はEランクからの登録になるですが、エルザさんの推薦状には、アリサさんにはBランク相当の実力があると書いてありました。ですので、今回はBランクでの登録となります。今後、昇級試験を受けると、さらに上のランクに上がることも出来ますよ」


「ありがとうございます」

 

 こうして、私は錬金術協会への入会が認められた。エルザさんが推薦状にBランク相当であると記載してくれたので、私はいきなりBランクの錬金術師となってしまった。エマさんによると、錬金術師のランクが高くなるとそれ自体が宣伝となり、錬金術協会からも多くの仕事を斡旋してもらえるという。


 早速私はエルザさんと、呪いを移すアイテムについて協会で調べてみた。エマさんが、協会本部に問い合わせてくれたところ、呪いそのものをその呪いをかけた対象に跳ね返す呪詛返しというアイテムがあることがわかった。


 エマさんがこの呪詛返しのアイテムの説明をしてくれる。このアイテムは、呪いを吸収する宝珠が埋め込まれた人形らしい。まず、呪われた対象に人形ごと宝珠を押し付けることによって呪いを吸収する。すると、吸収された呪いの力を使って人形が動き出す。人形の表面には呪いをかけた人物を襲うように高等魔術言語で命令が書かれているので、動き出した人形は呪いをかけた人物が死ぬか呪いが解けるまで、その人物を追いかけ、襲い続けるとのこと。


「なるほど。呪いを人形に移すと、その呪いを動力にして人形が呪いをかけた人物を攻撃し続けるわけか。呪いをそのまま返すわけではないのが面白いな」


「ええ。呪いの強さに応じて、人形も禍々しい姿に変化するらしいわ。呪いをかけた本人も驚くでしょうね」


「確かに。異形の人形にずっと襲われるのは怖いだろなあ。でも、高等魔術言語でしっかりと命令の術式を組み込まないといけないから、製作難易度は高そうだ」


「協会では難易度Aランクのアイテムになっているわ」


「そうだよなあ。よし、アリサ、私も製作を手伝うよ」


「本当ですか? ありがとうございます」


「よかったわね、アリサさん。それじゃ、このアイテムのレシピを用意するから、少し待ってね」


 エルザさんはエマさんからこのアイテムのレシピを受け取り内容を確認した。彼女によると、今回のアイテムの錬成に必要な素材の中に入手難度が高いものがあるという。


「人形自体は簡単に作れるけど、呪いを吸収する宝珠の素材は私たちでも入手が困難なんだ。実は、私の知り合いに冒険者の夫婦がいてね。彼らに素材集めを手伝ってもらえないか、聞いてみるよ」


 エルザさんは離れていても会話が出来るという魔道具を使って、冒険者夫婦と話しはじめた。


「よし、話がまとまったよ。ライナスとジーナの二人がアリサたちを手伝ってくれることになったよ」


「エルザさん。本当にありがとうございます」


「気にしなくていいよ。ライナスたちは隣街のブレイズベリーにいるんだ。フラニー、今から三人を彼らのところまで案内してくれるかな?」


「もちろんです」


「よろしく頼むよ、フラニー」


 エルザさんはフラニーさんをハグすると、頬にキスをした。


「続きは帰ってきてから、ね」


 エルザさんのささやきを聞いたフラニーさんは嬉しそうに出かける準備を始めた。

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