異世界生活が始まった
「あれ、私、どうして森の中にいるんだろう?」
私は高校からの帰り道で、黄色い車にはねられて宙に舞った。でも、気がついたら、この森の中にいた。夢かなと思ってほっぺたをつねってみる。痛い。どうやら、ここは現実の世界で間違いないらしい。
森の中は静まり返っていた。でも、そこら中から生き物の気配を感じる。
彼らは、私を警戒しているのか、まだ何もしてこない。今はまだ……ね。
私は彼らに見られている。少しでも隙を見せれば、この生き物たちは私に襲いかかってくるだろう。
だから、夜になって完全に暗くなる前にこの森から出ないと、多分危ない。
車にはねとばされた時みたいに、私、多分また死んじゃうと思う。
死んじゃう? あれ、私、死んでたの……?
何故か、この森に来る前のことが思い出せない。思い出せるのは、学校から家に帰る途中で車にはねられたことだけ。私がどうしてここにいるのか、よくわからないけど、とにかくこの森を先へと進むしかない。まずはこの森を出ないといけない。
私が歩くたびに、ミシミシと音がして、木の枝や葉っぱが身体にぶつかる。でも、長袖の服を着ていたので、なんとか我慢することができた。
森の中は木々が生い茂っていて、まだ夜ではないはずなのに、薄暗くて恐怖を感じた。
「キィキィ」
今まで、聞いたことのないような不気味な生き物の鳴き声が聞こえてくる。私が歩き出してから、カサカサ、カサカサと、何かの生き物が動いている音もずっと聞こえている。音の主は、私をずっと追ってくるつもりなのかもしれない。
私は、周囲を警戒しながら、暗い森の中を進んでいく。徐々に暗さに目が慣れてきて、遠くまで見通せるようになった。遠くにたくさんの赤い目が見えて、私は驚いた。
リスザルのような見た目の小さな生き物たちが、まっすぐ私を見つめていた。私は、なるべく彼らと目を合わさないように気をつけながら先へと進んだ。
しばらく進むと、突然開けた場所に出た。そこには大きな木が一本、そして、小さな小屋があった。
とりあえずこの小屋の中に避難しないと――。
小屋の周囲の木は大きな一本の大木以外は全て切り倒されていて、太陽の光が降り注いでいる。
光に照らされた小屋は神聖な雰囲気を醸し出している。
そして何故か、私以外の生き物はここに近づくことができない。そんな気配さえ感じられた。
「ごめんください。誰かいませんか?」
私は、迷う暇もなく、小屋の扉を開けて中へと入った。
中には誰もいない。
内部はよく整理整頓されていたけど、人が住んでいるような感じは無かった。部屋の中が綺麗すぎて、生活感が感じられない。
前に住んでた人は、綺麗好きだったのね。ずぼらな私とは大違い。
テーブルの上に一冊の日記帳が置いてある。この日記を読むことで、私はこの小屋の住人のことを知ることができた。見たことのない文字のはずだが、なぜかその文字が自然と頭の中に入ってくる。
日記によると、この小屋の住人はアイシャという名前のエルフの女性だったようだ。彼女はここで錬金術を行っていて、何年も前に、錬金用の素材を取りにいったらしい。日記はそこで終わっていた。アイシャは、それからずっとこの小屋には戻ってきていないのだろう。
私はこの日記を読んで、この小屋には地下室があって、彼女がそこに錬金用の素材や道具を収納していたことを知った。地下室の入口は、床と同じ板で出来た扉で閉じられており、注意深く探さないと見つけることが出来なかった。
私は小屋の中にあったランプに火を灯して、薄暗い地下室へと降りていった。
地上の小屋と違い、地下はかなり広い空間になっていて、ひんやりとした空気が漂っている。
私の持っているランプのオレンジ色の炎は、手元を確認するぐらいの明るさしかなかった。しかし、この時の私は恐怖よりも、好奇心の方が勝っていたので、闇の中を手に持ったランプで照らしながら、どんどん確認していった。
日記によると、地下室には、錬金を行う道具が置かれている作業部屋と、錬金用の素材を収納している倉庫、そして錬金の方法などが書かれた書籍が置かれた書庫がある。
後から気づいたのだが、各部屋にはアンティーク調の照明がついている。しかし、この時の私には、この照明をつける方法がわからなかったので、しばらくの間、この心許ないランプの光を照らしながら、地下室を探索することになった。
私はまず、錬金道具が置かれた作業部屋を確認することにした。フラスコや大釜、それに見たことがないような不思議な道具がたくさん棚に置かれていた。部屋の中央には大きな作業台が置かれている。そして、部屋の奥には暖炉があり、地上まで煙突が伸びているようだった。
特に変わった様子はなかったので、次に倉庫へと移動した。この倉庫はかなり広く、棚の中にさまざまなアイテムが綺麗に整頓されて置かれている。透明な瓶の中に薬草のようなものや、動物の干物のようなものが入っている。そのほか、ランプの光を照らすと綺麗に輝く鉱石などが置かれていた。
ひと通り棚を確認したが、すぐに食べられそうなものは無かったので、私は少しだけがっかりした。あの薄暗い森の中に戻って、食料を調達に行く必要があるからだ。
最後に私は書庫へと向かった。書庫には、分厚い本がびっしりと置かれていた。私は何故か、その本の背表紙に書かれている文字を読むことが出来たので、どんな本が置かれているのかがわかった。本棚には、錬金術の方法が書かれた本と、錬金のレシピが書かれた本、錬金素材の採集の方法が書かれた本、そして、魔法についての説明が書いてある本が置かれているようだ。
どうやら、ここに住んでいたアイシャさんは研究熱心な女性だったようね。
一通り地下室の中を確認したが、やはり人の気配は感じられなかった。
疲れていた私は、地下室への入口の階段を上って地上の部屋へと戻ると、置いてあった大きめのソファに座り込んだ。
そして、その日はそのまま眠ってしまった。