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ダニエル王子との婚約④

 神殿に帰ると、私はすぐに禊をして体を清め、ローブを着替えて主神殿へ入った。

 女神様を祀る祭壇の前へ跪き、ダニエル王子の為に祈った。


 どうかお願いです、女神様。

 ダニエル王子をお守りください。


 青白い顔に痩せこけてしまった頬、血色のない唇に白く艶のない髪。

 突然の発作に苦しむ表情を思うと、私まで胸が苦しくなる。

 辛い試練の中にいても、ダニエル王子の瞳はまだ輝きを失っていない。

 だからきっと大丈夫。


 私は何時間も何時間も、ダニエル王子の為に祈り続けた。




「今日は特に熱心に祈っていますね」

「神官長様」


 祭壇の前で祈りを捧げていると、主神殿に神官長様が入ってきた。

 そこで漸く、窓の外が真っ暗になっていることに気がついた。

 時間を忘れて祈り続けていたらしい。

 祈りを捧げていると、私はよく時間を忘れて何時間も祈り続けてしまう。

 立ち上がろうとすると、何時間も跪いていたせいで、足と腰に痛みが走った。


「今日はそのくらいにして、私と話をしませんか?」

「はい、神官長様」


 神官長様に促されて、参列者用の長椅子に隣り合って座る。


 神官長様とは、昔からここでよく過ごしていた。

 修行の合間にこんな風に長椅子に腰かけて、色々な話をしてもらった。

 聖女に就任してからも、今日のように私が時間を忘れて祈り続けていると決まって神官長様が様子を見に来てくれるので、その流れで遠征先の話を聞いてもらうのが日常だ。


「ダニエル王子とお会いできましたか?」

「はい。ですがお話の途中で、殿下の体調が悪化してしまったんです。とても苦しそうで、辛そうでした。だから私、帰ってきてすぐに、ダニエル王子の為にお祈りしていたんです」

「そうだったのですか。慈悲深い行いですね、ララ」

「私、殿下に少しでも元気になっていただきたいです」


 だから明日もダニエル王子の為に、一生懸命祈りを捧げよう。


 神官長様は張り切る私をどこか悲しげに見ている。

 そういえば、昼間、カイル様と三人で話していたときも暗い表情だった。


「神官長様、何だか元気がないように見えますが、大丈夫ですか?」

「……ララ、いずれはあなたの耳にも入るでしょうが、ダニエル王子の事で話しておかなければならないことがあります」

「ダニエル王子の事で? 何でしょうか?」

「ダニエル王子のお体はかなり弱ってしまっています。最近は特に衰弱が進んでいるので、成人を待たずに命を落とすだろうと言われているのです」

「そんな……」


 ダニエル王子は今15歳で、成人まであと二年もない。

 ダニエル王子を見たとき、今にも死んでしまいそうなほど痩せ細っているとは思ったが、まさか二年ももたないかもしれないほどだったとは……。

 何て気の毒なことだろう。

 ダニエル王子の瞳は、まだあんなに輝いているというのに。

 ダニエル王子の笑顔を思い出すと、胸が張り裂けそうだ。


 ダニエル王子はこの事を知っているのだろうか。

 もし知っているなら、私は明日からどんな言葉を掛けていいのかわからない。

 別れ際に言った“お大事に”が、ダニエル王子にとってどんなに薄っぺらい言葉だったことか。

 私はダニエル王子のお側で、どうやって彼を支えられるのだろう。


「私は……、殿下の為に何ができるのでしょう……。殿下の支えになるには、どうしたら……」

「……ララ」

「……殿下の婚約者として、私にできることはあるのでしょうか……」


 聖女の仕事の一貫として、病と戦う人々が暮らす病院を訪ねて、彼らを見舞って励ます事もある。

 そこで死を待っているご老人や、病で余命宣告をされた方を何人も見てきたが、いつも何と声を掛けていいのか悩んでしまう。

 気の利いた言葉を掛けることすらできないのに、みんな聖女である私の姿を見ただけで喜んでくれている。

 そんな風に温かく迎えてくれる彼らのために、私ができるのは祈ることしかない。

 巡回先の病院の患者に、聖女ができる最善の事だ。


 けれど、ダニエル王子は私の婚約者。

 言わば家族のようなものだ。

 祈る事以外にも、きっと何かできることはあるはずだ。


「……自分の事はいいのですか?」

「はい? 私ですか?」


 神官長様が呟くように言った。

 真っ直ぐに祭壇を見つめている神官長様の横顔は、少し怒っているように見えた。


「婚約者であるダニエル王子は、あと数年しか生きられないのですよ。その後自分がどうなるのか、考えが及びませんでしたか?」

「あ……、そう、ですね。婚約者と死に別れてしまったら、私はどうなるのでしょう……」


 神官長様に言われて初めて、私は婚約者を失った後の事を考えた。


 王宮が別の人を紹介してくれるだろうか?

 そうでなければ、自信がないけれどやはり自分で結婚相手を探すのか。

 けれど、そのどちらとも、今は受け入れられるような気がしない。


 婚約者と死に別れた後、別の人と婚約するのは、新たな婚約者に申し訳ない気がする。

 もちろん、世の中には恋人や婚約者と死に別れた後、新たに出逢った人と添い遂げて幸せに暮らしている人もいるだろう。

 私もそうなれるのだろうか。


「恐らく、セドリック王子の側室と言うことになるでしょうね」

「……側室? それはないですよ、だって側室制度は百年以上も前になくなってますし」


 歴史の勉強で、かつてこの国に側室制度があったことは習った。

 昔は今ほど医療が発達していなかったので、生まれて間もない赤ん坊や幼い子供はちょっとした風邪で命を落としてしまうことが珍しくなかった。

 だからお世継ぎに困らないよう、国王と王子にだけ、一夫多妻が許されていた。

 それが長く続き、今度は王族と貴族が増えすぎてしまい、平民の負担が重くなってしまったので、側室制度は廃止になった。


「側室制度が廃止されてから王族は高齢化して減り続け、現在ご存命の王族のなかで、セドリック王子しかお世継ぎを作れる方はいません。王族の血を絶やさぬよう、セドリック王子に側室を宛がう話が出ているんですよ」

「そんな……、その事、ヴィクトリア様はご存知なのでしょうか?」

「ええ、ヴィクトリア様はご存知で、彼女自ら側室候補を選別していますよ。まあ、セドリック王子の方が側室を迎えることを拒否していて、側室選びは難航しているようですが」


 つい昨日、幸せそうにしていた二人がそんな苦悩を抱えていただなんて。

 ヴィクトリア様はどんな思いでいるのだろう。

 最愛の人が自分以外の女性とも結婚することを受け入れなければならないなんて、本当は嫌なはずだ。

 そればかりか、そのお相手の女性を選別しなければならないなんて、さぞ複雑な心境だろう。

 セドリック王子だって、ヴィクトリア様の他に妻をも持つなんて考えられないだろう。


 二人の心境を思うと、胸が痛くなった。


「……ヴィクトリア様もセドリック王子も、お可哀想に……」

「……そのセドリック王子の側室になるのはあなたなのですよ。私からすれば、あなたの方が可哀想だ」


 神官長様の言う通り、恋心を抱いていた人の二番目の妻になるのは、手放しで喜べない。

 私は二番目の妻として、つねに正妻であるヴィクトリア様に醜い嫉妬を抱いてしまうだろう。

 そもそも二番目ですらないかもしれない。

 私は何番目の妻で、いったい何人の女性に醜い感情を抱いて生きていかなければならないのだろう。


 いずれ待っている未来を知って、私は悲しい気持ちになった。


「自分の置かれている状況がわかりましたね、ララ」

「……はい」

「ですが、あなたが何か行動を起こせば、変えられる未来です」

「行動を起こせば……?」

「そうです」


 神官長様の言っている意味がわからない。

 行動とは何の事だろう。

 私の普段の行いで、婚約者と死に別れた私の処遇を王宮が考え直してくれるというのだろうか。


「自分の心と対話して、よく考えなさい」

「……わかりました。考えてみます」


 釈然としないままとりあえず神官長様に頷くと、神官長様は優しい微笑みを返してくれた。


「さあ、お腹がすいたでしょう? 夕食の時間はとっくに過ぎていますが、厨房にあなたの分を取っておきましたよ」

「ありがとうございます、神官長様」


 神殿に帰ってきてから何時間も祈り続けていたので、私はとても空腹だった。

 神官長様と長椅子から立ち上がり、主神殿を後にした。


 神官長様に言われたことは、ご飯を食べてお腹を満たして、入浴して疲労を取ってから、それからゆっくり考えることにした。

お読みいただきありがとうございます。

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