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ダニエル王子との婚約③

「すぐに医者を呼んでくれ!」


 突然の容態悪化になす術もなくしどろもどろしていると、背後でカイル様の大きな声がした。

 カイル様はドアを開けて外にいた使用人に素早く指示をすると、早足でベッドに近づき、慣れた手付きでダニエル王子の背中を擦った。


「殿下、落ち着いて、呼吸をなるべくゆっくりしてください」


 カイル様の呼び掛けで、ダニエル王子が少しずつ落ち着いてきた。

 まだ少し苦しそうだが、呼吸の早さはさっきに比べると大分落ち着いた。

 カイル様はその様子を見ると、サイドボードにあった水差しを手に取り、ダニエル王子に水を飲ませた。

 一連の処置は流れるように手際がよく、彼が何年も側でダニエル王子を支えてきたのがよくわかった。


「聖女様、申し訳ありませんが、まもなく医者も来ますので、今日のところは……」

「は、はい」

「だめ、行かないで……。行かないで、ララ……」


 カイル様の手際のよさにボケッとしていたところに声をかけられ、私は退出しようと椅子から立ち上がった。

 しかし、ダニエル王子と繋いだままだった右手が弱々しい力でギュッと握られた。


「一緒にいて……お願い、ララ」


 どうしよう。

 戸惑ってカイル様を見ると、彼も困ったように私を見ていた。


「殿下、聖女様は殿下の発作を初めて見たので驚いておられます。今日は一先ず、お戻りいただい方がよろしいかと……」

「やだっ、やだっ……! だって、このまま、死んでしまうかもしれない……! 最期は側にいてほしいんだっ……」

「殿下、何を、そんな事は……」

「……あり得ない、話じゃない。誰にも……、わからないでしょう?」


 カイル様の手を借りてゆっくりベッドに横になると、ダニエル王子は苦しいのか涙目で私を見上げた。


「……ごめんね、ララ、驚かせて……」

「いえ、そんな……」

「あなたのせいじゃ……ないよ、ふとした拍子に……突然、なるんだ……。お願い、ララ……。先生が、来るまで、で、いいから……。側にいて……、手を、握っていて……」

「……はい、殿下」


 息苦しさを耐えながら必死に懇願するダニエル王子の手を、私は安心させるように包み込んだ。

 手を握ることしか出来ない私は、せめて冷たい手を暖めようと、両手で包んだダニエル王子の手を何度も擦った。


 そうしている内に、部屋の中へお医者様と看護師様が入ってきた。

 カイル様がお医者様を呼ぶように言ってからすぐにこの部屋へ到着したので、もしかしたらこの離宮に常駐しているのかもしれない。

 きっとそうしなければならない程、頻繁に発作が起こるのだ……。


 お医者様に場所を譲った方がいいだろうと椅子から立ち上がると、ダニエル王子が引き寄せるように私の手を引いた。


「ごめんね……、せっかく来てくれたのに、こんな……」

「いいえ、殿下、どうかお大事になさってくださいませ」

「聖女様、宮殿までお送りします」

「はい。それでは殿下、失礼致します」


 カイル様に声をかけられたので、今度こそ退出しようとダニエル王子に挨拶をするが、繋いだままの手を再び強く握られる。


「また、明日……、明日も、来てくれる?」

「はい、また明日伺います」

「本当? 約束だよ……絶対、明日……」

「はい、必ず伺います」


 私がそう言うと、ダニエル王子は漸く手を離した。

 それでも、彼はまだ縋るように私を見ていた。

 まるで母親を恋しがる幼い子供の様で、胸が苦しくなった。

 思わず足が止まりそうになったが、カイル様はそんな私を素早く部屋の外へエスコートした。

 王子が治療を受ける姿を、むやみに人に見せるわけにはいかないのだろう。


 部屋のドアが閉まる瞬間も、ダニエル王子はまっすぐに私を見ていた。




「わざわざ離宮まで来ていただいたのに、まるで追い返すようになってしまい、本当に申し訳ございません」

「いえ……」


 離宮から宮殿までの道すがら、カイル様が改めてそう言った。

 本殿に馬車を待たせてくれているらしく、カイル様の案内で宮殿まで歩くが、離宮と宮殿はかなり距離がある。

 無言ではとてもやり過ごせないので、離宮に向かっている時も、カイル様が天気や景色など当たり障りのない話題で時間を稼いでくれた。


「今日は朝からお加減が優れなかったものですから……」

「あの、よくあるのでしょうか、先ほどのような……」

「ああ、発作ですか? ええ、まあ……。特に今のような季節の変わり目は、頻度が高いですね。ですが、離宮には常に医者がおりますから、心配はいりません」

「そうですか……」


 あんなに苦しそうなものが頻繁に……。

 発作に耐えなければならないダニエル王子は、さぞしんどいことだろう。


「……あなたが側にいると言って下さって、嬉しくて、少しばかり気持ちが昂ってしまったのでしょうね。発作を起こす直前、本当に嬉しそうでした」

「そうでしょうか」

「ええ、それはもう。殿下は側にいて愛情をくれる人を、ずっと求めておいででしたから」

「側にいて愛情をくれる人、ですか?」


 ダニエル王子にはお父上である国王陛下やお母上である王妃様も、兄上様であるセドリック王子もいる。

 住んでいるのは宮殿と離宮で少し離れているが、同じ王宮内で暮らしているので会いたいと思えばすぐに会いに行ける距離だ。

 何故ダニエル王子は、側にいて愛情をくれる人に固執しているのだろう。


「ダニエル殿下は生まれつきお体が弱く、宮殿のように人の出入りが激しい所ではお体に障るので、静かに療養できるよう、あの離宮で育ちました。ですが国王陛下も王妃陛下も皇太子様も、皆様お忙しい身。月に二度、離宮へ足を運ぶので精一杯なのです」

「あまり、ご家族で過ごす時間がなかったのですね」


 確かにこの大国グランジアを納める国王様や王妃様は、子育てに時間を割くのは難しい。

 セドリック王子だって、将来王位を継ぐ立場として、学ばなくてはならない事がたくさんあって、昔からから多忙な人だった。


「私はダニエル殿下に使えて十年になりますが、あの方は昔から聞き分けがよく、わがままを言わない方でした。どんなにご家族と離れがたくとも、駄々をこねて引き留めたりは決してしなかったんですよ」

「殿下はとても立派な方なのですね」


 面会に来てくれた家族と離れるとき、駄々をこねて神官長様を困らせていた私は、少し恥ずかしくなった。


「そんな殿下が、あんな風に聖女様を引き留めるなんて……。先ほどは驚きましたよ。あの方がわがままを言うのを初めて見ました」

「私も驚きました。まだ会ったばかりなのに、私を気に入っていただけたのでしょうか」

「私もそう思います。聖女様がこの婚約の話を受けて下さって、本当に良かったです」


 ダニエル王子の話をしていると時間はあっという間で、いつの間にか宮殿の広い庭に出ていた。

 神殿から乗ってきた馬車がそのまま待っていたので、カイル様のエスコートでその馬車に乗り込んだ。


「聖女様、私はこんなことを言う立場ではないのですが、どうか、ダニエル殿下を末長く宜しくお願い致します」


 別れ際、カイル様が真剣な表情でそう言った。

 ダニエル王子の元で十年も勤めてきた彼にとって、殿下は我が子に近い存在なのかもしれない。

 私はカイル様に、誠意をもって頭を下げた。


「私の方こそ、末長く宜しくお願い致します」


 私がそう言うと、カイル様は優しく微笑んでくれた。


「明日、今日と同じ時間に神殿に馬車を向かわせます。離宮までは私がご案内しますので、ここでお会いしましょう」

「わかりました。それでは失礼致します」


 神殿へ帰る馬車の中、私はずっとダニエル王子の事を考えていた。

 発作は無事に治まっただろうか、苦しくないだろうか、辛くないだろうか。

 今日はダニエル王子の為に祈りを捧げよう。

お読みいただきありがとうございます。

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